2024年2月19日月曜日

ウォーキングを楽しむ

 

香川県病院事業管理者

槇野 博史


はじめに

寺岡記念病院では福山・新市・府中地区の高齢者の健康増進のために高齢者健康医学センターを立ち上げ、素戔嗚プロジェクトが始動しています。その牽引役は日本医科大学名誉教授の森田明夫先生ですが、私は本センターの顧問を拝命しております。森田センター長より、素戔嗚ブログに投稿するよう依頼があり、高齢者の私が実践しているウォーキングの一端を紹介したいと思います。

 

スローライフがやっと可能に

 これまでは、「Time is Job.」 で、どこに行くにも最速に移動して仕事優先の生活をしていました。昨年3月に大学を退任してスローライフを楽しむ事ができるようになりました。自宅から職場までの歩行に加えて、昼休みにはウォーキングの時間が確保できるようになり、毎日1万歩が可能になりました。周囲を観察しながら歩いてみると、車で走っていた時には気づかなかった、新たな発見があり、楽しくなってきます。でかけた先でもウォーキングを楽しんでいますが、昨年最も印象的だった場所は、江戸城址の皇居内でした。

 

皇居一般参観

私は高校時代にアメリカン・フィールド・サービス(AFS)で1年間ペンシルベニア州に留学をしました。留学の最後に近隣のAFS生が集まって1週間のバス旅行がありました。その際に知り合ったベルギーからの留学生は、大の日本ファンで、9月から日本各地を旅行すると連絡がありました。

 昨年1月に講書始の儀を陪聴した際に、皇居前に並んでいた人たちの事を思い出し、皇居参観を思いつきました。

 

桔梗門から参観 

9時に整理券を貰い10時に集合して、桔梗門から入場しました(写真1)。桔梗門は慶長19年(1614年)に建てられましたが、その名前は江戸城を築城した太田道灌の家紋の桔梗紋に由来しているそうです。

窓明館で皇居の歴史や文化が紹介され、注意事項を含めたオリエンテーションがありました。日本語、英語、フランス語のガイドさんによるグループに分かれて出発しました。英語グループでゆっくり写真を撮っていたら、いつの間にか三番目のフランス語のグループに吸収されていました。      

 

(写真1. 桔梗門)


富士見櫓、宮殿東庭、正門鉄橋へと参観

窓明館を出て暫く行くと右手に富士見櫓が見えてきました。櫓の高さは約16メートルあります。どこからみても同じような形に見えることから「八方正面の櫓」とも呼ばれています。明暦3年(1657)の大火で天守閣が焼失した後は、天守閣の代わりとされた重要な建物です。将軍が富士山はもとより、秩父連山や筑波山、両国の花火を眺めたと言われています。

もう暫く行くと1月に参入した坂下門を内側から見ました。宮殿東庭では、長和殿中央のバルコニーの説明がありました。天皇誕生日や一般参賀の時に皇族方がお立ちになられる所です。

さらに進んで折り返し地点の正門鉄橋(二重橋)にやって来ました。実は私は、目の前の正門石橋(眼鏡橋)を二重橋と誤認していました。これまでは皇居前広場から正門石橋の向こうに正門鉄橋を眺めていましたが、今日は正門鉄橋から正門石橋の向こうに観光客が見え、いつもと逆で不思議な気分でした(写真2)。

(写真2.二重橋から、眼鏡橋と皇居広場の眺望)


 折り返して宮殿東庭、1月に宮殿に参入した宮殿北車寄前を通って窓明館に戻りました。幸い小雨も途中から止み、友人には江戸城があった日本の歴史を体験してもらえました。

「都会の高層建築の谷間に濠と石垣に囲まれた日本の伝統的なお城がある。喧騒を離れ、松の緑に囲まれ、ゆったりとしたウォーキングによりモダンと伝統の美の調和した現在の日本を体験できてわくわくした。」と友人が感想をくれました。坂道もある2km余りを1時間かけた江戸城址再発見のウォーキングでした。

2024年2月5日月曜日

Blue zoneのこと:環境・境遇と健康長寿

高齢者健康医学センター 森田明夫


これまでの何度か触れましたが、今回はBlue zoneについてまとめます。
Blue zoneという言葉は、健康長寿をテーマに扱う人間にとっては知らないと恥ずかしい言葉ですが、実際に私がこのことを知ったのは2023年11月に開催された日本脳神経外科認知症学会でのことでした。会長の石内琉球大学脳神経外科教授の取り計らいで、当院の会長を含む3名の80歳以上で現役で活躍中の認知症や地域医療に尽くしておられる先生方の教育講演が組まれていました。当院の寺岡暉会長は本プロジェクトのことも含めて先生がこれまで努力されてきた最良の地域を包括してケアする医療の提供のあり方についてお考えと実績をまとめられた。またもう一名尊敬する札幌医科大学名誉教授の端和夫先生(未破裂脳動脈瘤の調査で指導していただきました)は現在興味を持たれているいかに認知症を予防するかという科学的文献のレビューを徹底的にされた。驚くべき汲めども尽きぬ探究心です。そして最後に琉球大学の外科教授であった鈴木信先生が登壇された。先生のお話の概要は、沖縄は先の戦争で47万人の人口のうち1/4超に当たる12万人が民間人も含めて戦死したことに触れ、その後の復興のこと。そして昭和30年代には、沖縄では100歳以上の方が100名以上いたこと。そしてそのほとんどが認知症などを患っていなかったこと。そのような調査で沖縄が世界一の長寿地域であることが認められたとのことだった。Blue zoneとして認定され鈴木先生は沖縄Blue zoneの代表を務められている。しかし残念なことにその後沖縄の平均寿命は低下し、長寿者の中にも認知症の方が目立つようになったとのことである。その原因はとかく食の欧米化が原因とされているが、それだけではなく、生きがいの欠如なども原因であろうと話されていた(と思う)。沖縄には古くから模合という風習があり、月に一度は古くからの仲間が寄り集まって、飲み食い談笑する。その場でお金を積み立てて、次の会合や旅行のための資金とするというものだ。その模合があるからこそ沖縄の人たちは、近所や友と日常的に付き合い、生きがいを持って生きていられる。都会的となった沖縄ではそういう習慣が薄れてしまっているのかも知れません。


 
さて話をBlue zoneに戻します。Blue zoneという言葉はもともとイタリア サルディーニャ島に長寿の人が多いことから地元の医師が言い出した言葉だそうです。その後National Geographic誌とBlue zoneを広めたDan Buettner氏が世界の長寿地域を取材し、5か所の世界のBlue zoneを認定し、その地域に住む人たちの習慣から健康長寿のためのギミック(こつ)を得ようとしたことから始まる。こちらに彼のTEDの番組(英語/AIによる同時通訳字幕がつきます{右下の矢印の隣のボックス})があります。長寿や生命・健康は遺伝子からくる要素は10%に過ぎず、90%は生活習慣からくることを最初に述べ、様々な長寿をもたらす習慣から学べることをよくまとめています。彼が中心となった著者BLUE ZONESでもかなり詳しく5つのBlue zoneのことを記載し、最後に9つの共通事項をまとめています。
ただ課題は、そのような習慣がわかったとしても、なかなか自分の習慣としてつけることは難しいことを強調しています。運動習慣やダイエットなども同様で長続きしないのが常です。ではどうすれば良いのか?自ずと生活の中でそうならなければならないようにする工夫が大事とのことです。例えば便利なものを避ける。歩ける距離は歩く。階段を使う。食事は小皿に分けて食べ切る(それ以上は食べない)。などが大事とのことです。
また「類は友を呼ぶ。」友人が肥満であれば、本人も肥満となる。大酒を飲めばそうなる。一方で運動や散歩や健康的な食事が好きな友が周りにいれば、自然と健康になるというのです。沖縄では先の模合でいつも6人以上の子供の頃からの友達と90歳過ぎまで話あい助け合って生きています。親しい友と言える人は米国では30年前は3人、今は平均1.5人となっているそうです。

まず5か所のBlue zoneですが、
1)    イタリア サルディーニャ島・バルバギア山岳地帯
2)    沖縄 本島北部
3)    米国 カリフォルニア州 ローマリンダ在住アドベンティスト
4)    コスタリカ ニコヤ半島
5)    ギリシャ イカリヤ島
となります。

 
どの地域にも共通なのは、豊かでリッチな生活をしている地域ではなく歴史的に迫害されたりして厳しい環境で暮らしていただろうなあという地域です。その地域で慎ましく、日頃険しい地域を耕したり羊などを飼ったりしてくらし、家族や仲間を大事にして生きてきた土地となります。すなわち環境や境遇が自ずと長寿となる条件を作っていったと考えて良いかと思います。
ギリシャのイカリア島といえば地中海に浮かぶ楽園のようなリゾート島かと思われるかも知れませんが、トルコとギリシャの間の島で、常に戦争に巻き込まれていました。島周辺は風が強く、かつ港も整備されておらず、平地がありません。15Km隣のサモス島は地中海リゾートとされていますが、本島は歴史的に非常に貧しい島でした。
たまたま今朝(2/4)のNHKマイあさラジオで沖縄の北中城村が日本一長寿の村、そして住みたい村となっていることが紹介されました。以前も紹介しましたがそこにあるカナという料理店で出されるイラブー汁(海蛇汁)は本当に長寿になりそうなくらい美味しいです。87歳のおばあが作ってくれます。実は私はそれほど北中城村そのものを見て回ってはいないのです、次回チャンスがあればぜひ周りの散策もしたいと思います。
 

ではどの地域でも共通する9つのルールとはなんでしょうか?
ルール1:適度な運動を続ける
運動を習慣化するには、身の回り・日常生活をできるだけ不便にする。リモコンは使わずカウチポテトにならない。毎日活動的に、よく歩く。特に誰か仲間と一緒に散歩する。草花を植えたり、ヨガに通ったり。
ルール2:腹八分で摂取カロリーを抑える
1日1900~2000カロリーを目安に。腹八分目を習慣化するには、さらに取り分けたら料理は片づけてしまう。(おかわりしない)野菜などで食事の量を増す。買い物は小さい方を選ぶ。小さい器を使う。毎日体重計に乗り、ゆっくり食べる。(箸を必ず一口ごとに置いて、50噛みする。)食事は早い時間にテーブルに座ってとり、食事に専念してしっかり味わってゆっくり食べる。
ルール3:植物性食品を食べる
果物や野菜をキッチンの前面・テーブル上におく。一日4~6種類以上の野菜や果物を食べる。ナッツをよく食べる(ただしカロリー高いので注意)。肉類を減らす。
ルール4:適度に赤ワインを飲む
サルディーニャではカンノナウという品種(フランスではグルナッシュ)の赤ワインを1日2杯くらい飲む。ポリフェノールが普通の赤ワインの3倍くらい含まれているとのこと。大酒は禁。
ルール5:はっきりした目的意識をもつ
日本や沖縄でいう生きがい。朝起きる時今日は何をするという目的があることが重要。自分の目標宣言を書いたりいったりするのも良いらしい。
ルール6:人生をスローダウンする
ゆったりした時間をとる。1日に20~30分瞑想する時間をとる。NHK土日のマイあさラジオのアナウンサー渡辺ひとみさんは「森のような人間でありたい」といってました。また片桐はいりさんは土日のサタデーエッセイか何かで、慌てない。電車や横断歩道で間に合うように走ったりしない。といってました。静かな落ち着いた心を持ち日常のストレスを減らす工夫が込められていると思います。朝はやく起きたり、また待ち合わせ場所には早めにいくのが日ごろ慌てないコツですし、余った時間に瞑想なりいろいろな考えを巡らせることができます。
ルール7:信仰心を持つ
日本人にはなかなか難しいですが、週に2~3日神社・寺院とか教会に足を運んで、お祈りまたは静かに考える時間を20分くらいもつのも良いかと思います。私は海外や地方に行くと必ず地元の教会や寺院に入って観光客のように歩き回らないで、祈りの椅子や床に座ったりして時間を取るようにしています。
ルール8:家族を最優先する
日本ではみなさん忙しいし我が家でもなかなか家族は集まれませんが、月に1回くらいはみんなで会食して、近況を聞くようにしています。仏事やしきたりを大事にすることも大事なのかなと思います。
ルール9:人とつながる
健康を保つ上でもFrailなどの病態に陥らないためにも、これが最も重要なファクターだと言われています。
「肥満の友人を持つと肥満になる可能性が6割高い。(NEJM)」という研究成果がFramingham研究の一環から明らかになっています。価値観を共有できる友や仲間と定期的に会う事が大事です。できれば一日30分一緒に過ごすこと。今はremoteでFace timeやzoomで話をするのも一手かも知れませんね。

 
以上のようにいろいろ参考になる生き方がまとめられていますが、どれもすぐに全てやろうとしてもうまくいきません。まずは1つ2つから始めて、健康でいることを楽しく思えるようになれば良いと思います。なお長寿の薬とか健康になる薬とか簡単なものはありません。いろいろキャッチーな宣伝がありますが、無駄です!痩せ薬として糖尿病の薬が米国などでは認可されていますが、確かに一時的には体重が減るかも知れませんが、日常生活を改善しないで健康はありません。薬で作った体調は遺伝子組み換えの穀物みたいなものです。

雑談:
2024年1月はいろいろ法事とか、実家の整理とかで忙殺されました。でも1月13日には本センターの顧問の宮下充正先生に公開講座をしていただきました。ますますお元気で活力のあるお話をされ、皆様元気をいただいたと思います。90歳近くになっても1時間半のとてもわかりやすくvividな講演をこなせる体力・知力・胆力には感嘆します。自分もそうあれるようしっかり運動して認知力が落ちないようにしたいと思います。会に先駆けて今仙電機が開発した歩行チェックシステムで講演を聞きに来られた方たちの歩行診断を行いました。みなさん自分の歩き方を動画や数値で見せられて改善の意欲を持たれていたようです。なるべく歩幅を大きく手を振って早歩きをすると良い点数が出ます。

 
最後に食事の方は、相変わらず美味しい福山のお魚料理と自前では中林さんの朝締め鳥のソテーとか、手羽のポン酢煮などを作って食べています。ちょっとストレスかアルコール量が多くて肝臓が心配になってきていますので、2月は少し節制したいと思います。写真は学会で行った札幌での昼食の功罪です。どうしてもやめられないすみれの味噌ラーメンといただきます(昼からやっているジンギスカン屋さん)のジンギスカンの紹介です。どちらも非常に美味しいです。
皆様もう暦では春となります。能登は復興途上ですし世界では紛争が相次ぎますが、健康な社会と体を目指して何か一つでもできることから始めましょう。

 

2024年1月9日火曜日

新年を迎えて思うこと

高齢者健康医学センター 森田明夫

新年になって数日のうちに、とてつもないニュースがいくつか飛び込んできました。北陸で被災された方々には謹んでお見舞いを申し上げます。広島からも可能な限りの支援をお届けしたいと思います。また一瞬の間違いで多数の犠牲者を出したであろう事故では、乗務員の素晴らしい機転・活躍と乗客の自制心で民間機側には一人も犠牲者を出さないですみました。日頃の鍛錬が万が一の危機にも非常に重要なことがわかります。

能登は昨年夏に訪れたばかりでした。輪島門前という輪島の内陸にあるところで頑張っているシェフを訪ねてとても良くしていただき、また行きたいと思っていたのですが、素晴らしい図書棚や由緒ある建物はどうなってしまっているのだろうかと思います。無事であることを祈っています。

能登は素晴らしい里山と棚田や塩田があり、珠洲ではここでしか作ることができない切り出しや練り珪藻土の七輪が作られています。机の上や気軽に炭火焼きをするにはこの道具は不可欠です。一度使ってみればわかりますが、この七輪は枠が厚くてもとても軽くて、熱は全く外には伝達しません。その他、有名な輪島塗、朝市、そしてキリコによる祭りなど鄙びた中にも素晴らしい文化が能登・石川にはあります。ぜひ皆さんもいつか街や村、道路が回復したら訪ねてみてください。

能登里山街道という高速道路は途中に七尾湾を見渡す素敵な展望台があったり、素敵な田園風景が続きます。また北岸の白米千枚田ではすごく美味しい塩にぎりがあります(残念ながら私たちが行った時は45分待ちで食べられませんでしたが)。海にそのまま突き進むような千枚田は日本随一です。さらに能登半島の先には日本一の塩を作る古くからの揚浜式塩田があります。時国家という平家の落武者が先祖とされる豪農の家もありますが、どうなっているでしょう?

20238月の能登

今は、里山街道は寸断され、また能登半島の塩田や千枚田のあたりの集落は孤立したままだと言います。すでに海上自衛隊の揚陸艇やPeace Windsの支援船などが活躍しているようですが、なぜもうちょっとしっかりした支援船や病院船を早く作らないのかなと思います。ちなみに政府では2021618日に病院船推進法が公布され、3年のうちには実施しないといけないことになっているのですが、忘れ去られているのでしょうか?道路が寸断されているのであれば、やはり海路や空路での運搬の手段をもう少ししっかりしたものを作って欲しいと思います。確かに津波や海底の隆起などで一般の船では接岸は難しいのかもしれませんが、熟練の漁師が扱う小型船や揚陸艇などを用いて安全な沖合に停船した大型船から大量の物資や患者の運搬などができるのではないかと素人的には思います。病院船は確かに災害のない時には維持コストが問題になりますが、通常は健診機能付き豪華クルーズ船にするなど、さまざまな工夫で効率を挙げられるのではないかと思います。沼隈病院の檜谷先生はぜひ常石の造船所で病院船を作りたいとおっしゃっておりました。その造船所ではGUNTUという超豪華な瀬戸内海クルーズ船を運行しています。ぜひ病院船にも応用できるようなクルーズ船を作って、いざという時には被災地の皆さんに温かい部屋や清潔なトイレ、お風呂を提供してあげられるだけでも素晴らしいと思います。また神石高原町を本部とするPeace Winds Japanの先生たちの活動がテレビでも放映されていました。昨年7月には3500トン級の災害医療支援船を航行させています。すでに船舶豊島丸を派遣して物資の運搬をしているとのことです。広島県の災害医療への貢献をさらに増強できたら素晴らしいですね。

病院船構想


しかし一方で、よく宣伝にも使われているドローンによる運搬は今どのレベルになっているのでしょうか?武田薬品の宣伝でドローンによって離島に薬を運ぶなどというPRビデオが流されています。また大阪万博では空飛ぶ車が実機配備されるとのこと。なぜこのようないざという時に有用な技術が使えないのでしょうか?ドローンはまだ爆弾を落とすくらいしかできないのでしょうか?コンサートや開会式では素晴らしいコンピューター操作でドローンによる模様や照明が多く使われています。確かに軍事転用できる技術なので、開発に躍起になると誤解を受けるかもしれませんが、このような災害の時にこそ使える実機をトヨタでもマツダでも日産でも、JET機を得意とする本田でも良いので、ぜひ協力して軽トラック一台分くらいの荷物を運べるようなドローンや空飛ぶ自動車を作って欲しいと思います。それこそ災害の多い日本が今後牽引してゆくべき新技術だと思います。このようなfrustrationは以前未だに解決しない福島原発のデブリの処理を英国製のロボットが担当するというニュースを3年程前に聞いた時に耳を疑いました(日本医科大学2021年業績集巻頭言)。なぜロボット先進国の日本でのことなのに欧米の技術を入れないといないのでしょうか?人は疲れますし、危険を承知で危険な現場に向かわせることはできません。RobotAIには疲れという言葉がないのがその最も大きな特徴です。政治家たちは自分たちでへそくりを貯めないでぜひ大型予算でAIや自動技術を備えたロボットの開発を進めて欲しいと思います。日本初の災害対応機器の開発が進むことを切に願います。

次に2日に起こった不思議な飛行機事故。なぜ何度も何度も安全確認や復唱する習慣のある航空業界でこんな事故が起こるのか?発生原因の詳細はまだ不明とのことですが、石川の支援に向かっていた飛行機に乗り合わせ犠牲になられた海保の乗組員の方々には大変お気の毒でした。ちょうど発生時にテレビを見ていましたが、NHKの画面に突然燃え始めている飛行機が写り、アナウンサーも何の映像かわからず、1時間くらいして徐々に詳細が明らかになってきました。何度も何度もNHKの定置カメラに映った画像が繰り返し流され、着陸する飛行機に何かがぶつかって火の手が上がる様が直後に放映されていました。その間にも火はだんだんに室内や機体を包んでゆき、あの中には乗客はいないのか?ものすごく不安になりました。脱出用のスライドが降りていましたが、本当にいつも飛行機の離陸前に流されるビデオのように皆さん荷物を持って出なかったのかなど、自分だったらどうしたろうなどと考えていたら、乗務員が素晴らしい連携と判断、指示をして、乗客が一人も(?)荷物を持って出ないで、一人の犠牲者も出さなかったという。つくづく奇跡のようなことを目の当たりにしたなと思いました。例えば360人の乗客のうち一人でも命より大事だとか主張して荷物持って出て、その荷物の金具でスライドは破損して数少なく使えた3つのうちの一つのスライドが壊れたら、その人のために何人かは犠牲になったかもしれません。今後荷物や持ち物の補償はどうするんだろうと思いますが、本当に乗組員をはじめ、素晴らしく民度の高い行動をした乗客の皆さんを誇りに思います。国際的にも奇跡として称賛されていますね。このようなニュースを聞くと、いかに徹底した確認を行っていてもちょっとした油断やミスから大きな事故が起こりうることがわかりますし、またその対応には日頃の徹底したシミュレーションと訓練が威力を発揮することをまざまざと見せつけられ、学ばせていただきました。

また改めて自分勝手な行動や怒鳴ったり喚いたりするのは、いざという時に浅ましい人間性を示すことになるのだと思います。日頃から、決まりや規則をしっかり守って落ち着いた行動をしたいと思いました。

雑談:

皆さんはお正月をどうお過ごしになられましたでしょうか?私は今回年始のお祝いはないので、瀬戸内で年末を過ごして京都の錦市場に寄って正月に東京の自宅に帰りました。瀬戸内の日の出、京都の日没は素敵でした。食事はもちろん美味しいものだらけで、どうにもリバウンドの流れは止まりそうもありません。なんとか今年は意思を固くして、数kg体重を減らす努力をしないと肝臓を脂肪漬けにしてしまいそうです。

年末のラジオで斎藤幸平先生から「人新世」の話を伺いました。人新世とはこのままでは人が地球環境を壊して大量絶滅が来るという人による地上への痕跡が多く残って行くだろうという時代を示します(デジタル朝日記事)。特にグレートアクセラレーションといって1950年以降の世界では人間による活動が特に顕著になっていて、ものすごい勢いで世界総人口、GDP、都市人口、一次エネルギー使用量、化学肥料の使用量、ダム建設、水使用量、製紙、遠隔通信、二酸化酸素産出量、大気中のメタン濃度、漁獲量、エビの養殖など、さまざまな人を中心とする活動や結果の指標が驚くくらい並行して急激に増加しているのです。齋藤先生が推奨されていた本、田村典江さん達が書かれた「人新世の脱<健康>」という本を読ませていただきました。人の健康は環境と食によってなり立っていて、その環境は地球の健康が人の活動によって劣化しているため、危機に瀕しているというのです。健康とは単に医療や保健をよくすれば良いわけではなく、人間の生き方、地球や環境のあり方に密に連携していることが詳しく書かれています。人の体のことだけではなく、いろいろな面を考えないといけません。WHOでは次の様に定義されています「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)。私を含め多くの医師は単に医療の面からのみ健康を考えていることが多いのですが、人間の生き方の歴史的変遷によって大きく人の寿命や健康度そして環境が変化し、特に今は精神面での健康も含めて、社会の中での人の生きがいがどうなのかなども大きく影響することを知りました。また人の歴史の中で、狩猟や採取を主な糧としていた少人数グループの時代から、農業を営み比較的大きな集団で生きるようになった時代、そして産業革命や富の集中によって都市型の社会と農村に分かれて住むことが多くなった時代、そして現在のグローバルな時代、それぞれに起こる病気、感染症、健康に関わる要素が大きく人の生き方で変わってきているのです。例えば、家畜や鳥と一緒に住む環境になって初めて天然痘やインフルエンザが始まったと言われます。多数の人口が寄り集まって暮らすために疫病が流行する。また共通の水路や汚染からペストなどが流行したと言われます。そして現在は高カロリー、多脂質な食事で、出来合いのコンビニ食などのためビタミンや金属などの必須栄養素が足りていない、多栄養と栄養失調が同居した状況になっているとのことです。当然車社会となり、運動不足は社会の多くの疾病の元となっていると言っても過言でもありません。さらに今後少子化が進み、かつ現在の破局的な温暖化が進めば、人口は減少し、かつ砂漠化した土地に居住するという時代が近い将来来るかもしれません。

一人一人の医療や健康と同時に、私たちも社会や地球の健康をどのように保って行くかなども含めて大きな視点で考えていかないといけないなと思うこのごろです。




2023年12月5日火曜日

母のこと

 

高齢者健康医学センター 森田明夫

 

ちょっと暗い話です。私ごとで申し訳ありません。

つい先日母を心筋梗塞で失いました。ちょっと世の中が変わってしまった気がします。何のために努力してきたのか?自分を作った根元が失われてしまった気がします。喪失感とはこういうことでしょうか?父の時も悲しかったと思いますが、今ほどの脱力感はなかったように思います。そう思うと父親は可哀想ですね。

私が小学校の頃(6年生の頃だけです)、母に連れられ、何もわからないまま四谷大塚という進学教室に毎週日曜日に通っていました。背の小さいやや太った母だったので、友達に見られるのが嫌で、友達と会うと「ちょっと離れて歩いて」なんて言ってました。でも自分は一人では家に帰れないので母が外に待ってくれているのを見るととても心が落ち着いたのを覚えています。塾の授業時間中どこでどうやって時間を潰していてくれたのか?聞くこともなかった自分勝手なひどい自分でした。授業の後は私のリクエストで、大宮駅でうなぎをご馳走になって岩槻に帰るという日々で、いつも「明夫はうなぎが好きだね~~~」というのが最近になっても口癖でした。そんな自分でも志望校に入れると自分のことのように喜んでくれ、その後も中学、高校、大学とそして留学、医師になって米国に留学して、大学教授を経て広島に来てという私の人生をいつも傍で自分のことのように応援してくれていました。それに対して私は何をしていたんでしょう?

母は料理が得意で特に煮込みハンバーグは、あの頃市販のデミグラスソースなんてなかったのにとても美味しかったのを覚えています。胡麻汁で食べる冷麦も美味しかった。子供の頃の私は好きではなかったのですが、母は自分が好きで塩鮭の酒粕煮をよく作っていました。今となっては私も好きだろうなあと思いますが、大人になってからは食べさせてもらったことがありませんのでレシピがわかりません。味覚の記憶はよく残りますね。

母はこれまで何度かリンパ腫とか乳がんとか大病をしていたのですが、昨年末だったか妹を突然失って、親兄弟姉妹全ていなくなってしまって、話相手がいなくなってしまったからか、ちょっと今年に入ってどうも部屋に引きこもりっぱなしになってしまって、話が繰り返し、そして言っていることがおかしくなってしまいました。鎖骨の上にまたしこりを発見して、私の前職の病院に入院してもらい、リンパ腫の再発であることがわかりました。幸い非常に良い手当を受けて、看護師さんたちと毎日話をしたためか認知の状況も非常に良くなったのですが、あれほど料理と食事が好きだった母がほとんど物を食べられなくなってしまっていました。多分抗がん剤の影響で胃や腸があれてしまっていたのでしょう。

長期の入院のため一人で歩けなくなり、身の回りのことができなくなってしまっていたので介護付きの老人施設に入ってもらい、身の回りの世話をしてもらっていたのですが、やはり口からの食事ができないし、介護施設では点滴が難しいということで、どうなることかと思いましたが、なんと復活して食事もエビフライ2本やトンカツを3枚も食べられるようになっていました。でも昨日(11/27)の朝胸部苦悶を訴えて救急で循環器専門の病院に運ばれ加療を受けましたが急性心筋梗塞で心停止をきたして、回復できませんでした。私は福山にいたので、大急ぎで帰京しましたが、血圧も上がらず、最後を看取るのみでした。

色々なことが思い出されます。子供の頃のこと。上海の学会に連れて行ったこと。米国の留学先、ミネソタやワシントンDCにきてもらったこと。私の恩師のSekhar先生の半分の背丈もないし、英語も全く喋れないのに先生の前でも堂々としていて、海外でも全く動じることがありませんでした。若い頃(私が小学校低学年の頃)にはちょっとヒステリー気質ですぐ怒って実家の古河に帰省してしまっていましたが、懐かしい思い出です。数日すると父が実家に迎えに行って連れて帰ってくるというのは、私が覚えているだけでも10回くらいはあったように思います。よくもまあ母の実家は帰省を許していたものです。でも私が高学年になった頃には、「自分の行動を遠くからもう一人の自分が見ている。」というようなことを言い出して、怒りだか熱くなるのを抑制できるようになったようです。本当にどこの舞台に出しても良くもまあこんなこと喋れるな、、ということを喋ったりしていました。でも後で私には色々電話で愚痴るのも忘れない。また一際気位とプライドが高くて「バカにされた!」と思うと、後ですごい剣幕で色々ぐちぐちと文句を私に向かって(相手ではなく)いう母でした。「そこが良くないよ!そんなこと気にしないでも。」と言っても、こう言う自分もそのような気があるな〜と思います。私はあまり愚痴ってはいないですが、妻に聞くとそうでもないかも。

まあ遠くから自分を見ているというのは、自分もそのような技を少しだけ受け継いでいるようにも思いますが、自分の顔をみると母の面影がかなり入っているので、母が見ているのか、自分が見ているのかわからなくなることもあります。そんなことを言うとマザコンかと思われますが、そうでもありません。

親の性格や顔貌、体型とか、考え方とか、どうしても息子は母親の影響を受けやすいし、娘は父親の影響を受けやすいというのが世の常です。遺伝子の量からそれは決まっているのです。男の子は母親からの遺伝子の量が5%位多いのです。女子は半々です。(ので女子は父親が強いとは言い切れないのですが、息子に関してはdefinitelyです)

そういうわけで、自分の最も近い肉親を失うと、自分で言うのも変ですが、愛情というのか、気持ちをずっと受けてきたので、これがなくなると、果て私は実際何を目的に生きてきたのかと考えてしまいます。母を喜ばせるために努力してきたのかな?など。

まだまだ時間があると思っていたのに、急にいなくなられるので、91歳とは言っても、なんとも悲しみと喪失感が絶えません。これまで受けた恩や愛情に比べて、私ができたことが少なすぎて、本当に自分が情けなくて、崩れ落ちそうに感じます。

ちょっとボケてしまったかなと思った時は、もうこれまでかなんて思ったし、これまでも大病した時には、この先持つかななんて思っていたのに、助かったり良くなったりすると何もしなかったのです。

「孝行したい時に親はなし」

とはよく言ったもので、親への愛情の恩返しは、できる時に思いっきりしておくべきだったな。と今になって思う自分です。

 

ですので、これを読む機会のあった皆さんにはぜひ親御さんがいらっしゃれば、孝行を一つ。または心がけ・声がけを一つ。日に一回は無理でも週1では電話か会いに行ってあげましょう。と言いたいです。

 

また毎日話をする相手がいないと認知機能が衰えますので、無理矢理にでもどなたかとお話しをしてもらうことです。

 

今回はあまり高齢者健康医学には関係のない話ですが、親子の関係って切れるものでもなし、とても大切な生活の単位です。親子関係が全て正常なら、多分地域も社会も国も正常になるのではないかと思います。

 

つまらない話でした。年末に暗い話で申し訳ありません。そう言うわけで今年は年末年始のご挨拶を控えさせていただきます。

 

母の写真

Amorランキン1位2位のうなぎ

雑談:

最近は事務局長を務める海外の学会の準備とかちょっと忙しくて料理に打ち込んではいないのですが、今回のことで突然行けなくなったのと、今日は妻が大学時代の友達と女子会とのことで、私は自宅で寡状態。前から作りたかったガオマンガイ(シンガポール海南チキンライス)を炊飯器で作ってみました。福山のアパートには炊飯器がないので、これができないのです。ご飯なので、リバウンドまっしぐらの自分には痛い一食ですが、まあ明日少し挽回できれば。

ご飯1合半、にんにくかけ、しょうがかけ、お酒、みりん大さじ1、鶏ガラスープのもと小さじ2、醤油小さじ1.5、ニョクマム(今日は魚醤で代用)小さじ0.5 で分量よりやや少なめの水と鳥もも肉1枚をドカンと上に乗っけて炊飯します。

ソースが決めて。私は、唐辛子酢(酢に唐辛子)、AKIOの厚揚げソース(醤油、オイスターソース、中華黒酢、韓国黒ごま油)、辛醬(茅の家)、タイレッドチリソース、と山盛りのパクチーです。

今日は魚醤なのでやや和風になりましたが、ニョクマムならタイ風になること請け合いです。

その他は前回も出しましたが、圧力鍋で作るシチューに凝っています。ハート中山牧場の肉ぞろえはすごいですね。駒込にも少し高めではありますが、玉子屋という肉屋さんがあります。以前テレビで飯尾さんがそこのローストビーフを紹介していました。そこで購入して作ったテールシチュー 超絶品でした。


また11月の初旬に那覇で脳神経外科認知症学会という会合があり出席し、本センターの取り組みの紹介をしてきました。その会で当施設の寺岡暉会長を含め3名の現役で活躍されている80代後半の先生方3名の講演がありました。中に鈴木信先生(90)という消化器外科医で現在は沖縄ブルーゾーン(たくさんの健康な100歳が多く暮らしているゾーンのこと 世界に5か所あるそうです)の会頭をしている先生の講演がありました。要旨は先の大戦で沖縄では47万人の人口の1/4が亡くなったそうですが、復興を挟み昭和30年代には100歳以上が数百人位おられたそうです。その中で認知症の方はとても少なかったのですが、現在はまだ100名以上いる100歳以上のご老人のうちほとんどが認知症になってしまったそうです。みなさん食事が欧米化したためと思われがちですが、それだけではない。とのことです。“生きがい”という英語にはない言葉がKeyだそうです。また沖縄には「模合(もあい)」という文化があり、気の合う仲間で毎月集まり飲み会を行い、ついでに資金を積み立て、旅行や事業に役立てる集まっていたとのこと。こういう機会で色々な人たちと楽しい話をして、歌って、踊ってなどをしていたのでしょう。

フレイル・認知症予防にはNEAT(Non exercises activity thermogenesis: 運動ではない熱量発生)が重要とのこと。これを日々実践していたのが、沖縄でも減ったのでしょうか?


沖縄では沖縄料理 特にカナという中城にあるイラブー汁料理のお店が私の世界料理番付(Amor’s グルナビ4.99)で最高なのです。これまでに3回訪問しているのですが、前回は2016年の訪問でその時は料理担当のおばあがやや認知がかかってきているような風でしたので、今回は行けないか?と思っていたらなんと復活して元気に料理をしているというのです。あの頃はご主人が大病をしてそれこそ話相手がいなかったようです。今回も元気に美味しい料理を出してくれ、ついでにジューシー(沖縄風の昆布炊き込みご飯)を翌朝のお弁当にと持たせてくれました(泣)。すごーーく美味しかったです。


また沖縄は沖縄そばも美味しいですね。今回は特に名護にある古民家を改築した大家という沖縄そば屋さんでの軟骨そば(ソーキの軟骨部分・骨残すことなく全て食べられます)が最高でした。東大の先輩で本部で病院を開設していた上田先生(寺岡に40年前に在籍の頃お世話になった先生です)が10数年前に連れて行った下さった今帰仁城も訪れることができました。世界遺産に認定されているので綺麗に整備され古城という以前の鄙びた雰囲気は無くなってしまっていましたが、琉球の長い歴史を感じられる場所です。




さて今月は特に教室やコースは計画していませんが、Local commonsに音楽教室や筋トレ体操教室を開いてくれるようにお願いしています。外来の終わった後に歌を歌えばオーラルフレイル予防になりますし、筋トレと一緒にしたらすごい肉体―オーラルフレイル予防掴み取りです。来月には寺岡会長の同級生の本センター顧問の宮下充正先生の講演会がビッグローズで、2月には待ちに待った谷本道哉先生(テレビ筋肉体操の先生、順天堂大学の准教授です)の筋トレセミナーがエフピコアリーナであります。乞うご期待!


2023年11月2日木曜日

続・岸田君に望むこと:教育と医療の大切さ

 センター長・脳神経外科顧問 森田明夫

また不遜な文章です。私自身政治が好きではなく(むしろ大嫌いで、学生時代はM青とかK○とかの立て看板がたくさん学内に立ててその傍で叫んでいる人(学生)たちがたくさんいたのですが、辟易していました。(国内の最も入学しにくい大学に入っている社会的に恵まれた環境の者が、社会の不合理を訴えてどうなるの?」という感想でした。)特にこれといった政治思想を持っている訳ではないことをまず先にお断りしておきます。
私の以前(日本医科大学脳神経外科部長の頃)のブログ(こちら)を読まれた方はご存知と思いますが、私は高校時代、現在日本の内閣総理大臣を務める岸田文雄さんと同級生でした。現在内閣支持率の低下で30%とか20%台とか騒がれていますが、大変立派に重責を背負われていると思います。
少子化問題や中国・北朝鮮・ウクライナ・中東などの外憂、円安、デジタル化など、解決のないことに大変苦慮されている姿が「大変だな~~」と本当に思っています。首相としてこれほど困難なことに立ち向かわれているのは、戦時中を除いてなかなかないのではと思います。
但し、経済対策軍事(防衛)を最も重要な課題として取り上げて対応しているのには少し疑問を感じます。どちらも非常に大事なのはわかるのですが、今の日本に最も求められているのはそれでしょうか?
 



話は少し変わります。数日前の日本経済新聞朝刊の2面に我ら二人の出身校の開成学園中学・高等学校の校長の野水先生がインタビューを受けていた(記事はこちら)。現在日本の大学入試ランキングは東大の入学数や医学部の入学数で決められることも多いが、開成のトップ10の生徒たちは東大ではなく海外の一流校(ハーバードやケンブリッジ、オックスフォードその他)を目指すようになってきているというのだ。英語の教育を徹底的に改革して、このような風潮になってきている。東大一辺倒な傾向より、広く視野を持つ人間を育てたいという趣旨であったと思う。日本の大学のレベル低下を危惧されていました。
一方でJR東海の新幹線の車内誌であるWedgeという雑誌に「日本の教育が危ない」という記事が時を同じくして掲載されていました(こちら)。あまりWedgeには信頼を置いていない私(以前みずほ銀行が潰れそうという記事がこの雑誌にあり、株を全部売ったところその後回復して、値上がりしてしまった経緯によります!大損しました。)ですが、今回は持ち帰って読みました。


詰め込み教育による「正解主義」という言葉がありました。現在の社会は先の岸田総理の課題ではないですが、正解やすぐにわかる解決策がない事由が多いこと。そのようなものを考えに考え抜いて、正解ではないにしても解決・改善できるような力・糸口を見つけられるような才能を日本の教育はつけていない。なるべく早く「答え」に到達するのが是とする教育が蔓延っている。という趣旨だったかと思います。そして最近は自ら「問い」をたてて考えられる人材が求められてきているようです。さらに教育者側の時間的窮状、余裕のなさ、それによる、一つのみの答えの問題を作ること!に走る傾向があることなどがデータとともに示されていました。ところが最近のチャットGPTに代表される生成AIの登場はそのような教育体制に根底からの危機を及ぼしている。質問を投げかけると、瞬時にAIがネットからの情報を収集して答えを出してくれるので、即答型の回答はもはや人間がすることを必要とされなくなりつつあるのです。まあまだ回答に誤りはそこそこありますが、日本の国家資格の中で最上位に位置する医師国家試験にも合格する実力をつけているというからこれは大変なことです。その他の職種や資格の試験などはスルーパスでしょう。まだチャットGPTを使ったことがある人は少ないかもしれませんが、色々なことをおしえてくれ、まとめてくれて助かります。例として「認知症にならないためにはどうしたら良いか?」という問いに対する答えを掲載します。


でも詰め込み教育が必要ないかというと、人間自分の中に知識や知見や経験が、人から見聞きしたものも含めてないと、答えがないにしても、解決策を導き出すことはできなくなってしまうでしょう。全てAIに聞いて決断しているようでは、益々人間のいる価値が少なくなってしまいます。同雑誌にあった他の記事ではこの人格の中の知恵を「溜め」と表現していました。人それぞれの判断は「溜め」とか個人の資質とか、知識・経験、人間関係や読み書きしたものからの知恵から出来上がってゆかないと、将来の世界はまるでSFの機械が支配する社会にまっしぐらに進んでいくように思います。そうなりたくなければ、そういった影響の少ない(遅れてくる)片田舎や、惑星や衛星に住むようにしないといけない社会がきてしまうように思います。

さて話が脱線しましたが、それやこれやで、私は日本が最も最初に、岸田首相が最も大切に、最も最優先課題として取り組まねばならないのは「教育」であると思うのです。話はかなり急を要します。というのは生成AIが世の中にデビューしたのが昨年の今頃で、この騒ぎだからです。日本が主導権を握って取り扱い規約を作るとか、日本発のシステムを京とか世界屈指のスーパーコンピューターを活用して作るとか、ぜひやってほしいと思いますし、日本のトップクラスの人材が努力してくださっていると信じますが、なかなか遅れをとっているな、、というのは中国から出てくるAIを用いた研究の医学系の雑誌への論文数と質を見ると思います。もちろんそれは医学だけの話ではないはずです。様々な学問、政治、経済、社会・教育にも全て及んでいるはずです。中国には、デジタル社会(架空空間)の中に建物や構造、交通そのままそっくりの北京や上海があって(デジタルツイン)どのようにものや人やお金を動かせば、街や社会がうまくいくかをAIに計算させているとのことです。ものすごい規模の事業です。現在のAIやデジタル社会の現状を把握して、AIとともに生きられる人間を作るにはどうするか?AIを制御・活用して社会に役立てられる人材を作るにはどのような教育をすれば良いのか?どこまで知識を持つ必要があるのか?などをよ~~~く考えて、教育者も余裕を持って教育にあたれる教育システムを作るべきと考えるのです。
例えば、日本の医学教育は、「教授」を中心に成り立っているわけですが、整形外科や脳神経外科、心臓外科などの、医療のスペシャリストで忙しく臨床をしている教授・部長が医学生の基礎教育を行い、シラバスを作り、、試験問題を作る。どう思いますか?そういった先生は自分の専門領域がどのように患者さんに生かされ、社会的価値をもつかということを医学生に教えるだけで良いのではないかと思います。欧米に行って、学生講義や試験問題作成の話をすると、、、先方の医師に驚愕されます。米国では医学教育専門のスタッフが充実していて、もちろん専門家にいろいろ意見を聞きますが、教育そのものの中心はその医療教育スタッフが行うのです。米国の臨床系の教授の役割は病院に医学生が回ってきた時に、いかに生きた医学を学ばせるかにかかっているのです。その面が日本ではやや(かなり)遅れています。特にコロナ禍で大変遅れました。余裕のある教育を各分野で行うためには、人的余裕とそれを支える経済的バックグラウンドが重要です。

そう。教育は未来の日本を作る人材を作る根幹なのです。ぜひ教育を真っ先に答弁の真ん中に持ってきて欲しいと思います。もちろん文科省の人たちにいろいろ指令されて様々な施策がされていると思いますが、不十分!だと思います。

次に大切なのは手前勝手ではありますが、「医療」です。日本の多くの病院は危機に瀕しています。コロナで多大な補助金が出ていたここ数年はなんとかなっていることころが多いと思いますが、来年以降は補助金は大きく減額または廃止されると思います。そしてその前から進んでいる診療報酬の改定(値下げ)とコロコロと制度の変わる補助システムへの対応が、医療機関の大変な苦境を作っています。昨年の方針は、2年後には廃止され、一生懸命それに合うシステムを作っても、それに対するインセンティブは廃止されてしまうのです。それは厚生労働省がこれという医療を推し進めたいがために、かなり恣意的な制度を作って、医療機関がそれに従わないとやっていけないようにして進めていっています。うまい方法と言えばうまい方法です。
日本の医療は世界のどこと比較しても質も量も世界一です。それを壊して欧米よりの大変逼迫した医療体制を作ろうとしているのではないかと危惧しています。皆さんご存じでしょうか、英国では脳腫瘍と診断されたのち、治療に至るのは1年半後だそうです。いくつかの種類の腫瘍では(ほとんど)、手遅れになってしまいます。米国ではそれほど悪くはないですが、医療の格差は大変なものがあります。日本の社会にそのような医療が求められているでしょうか?
病院の逼迫は、医療者への逼迫に必ず繋がり、日本の医療は今後地盤沈下してくる、安全・安心の医療が進められ無くなってしまうと思います。
日本の医療は世界一であり、世界に誇れる質を持っています。これを経済より優先することで、多分日本の経済の起爆剤にもなりうるのではないかと思うのです。日本にも日本医療機能評価というシステムがあって、かなり厳しく病院の管理体制を問われます。ただ今世界の病院は米国主流のJCI (Joint Commission International)という制度をクリアした病院が質の高い病院と言われています。日本のガラパゴス的な基準は世界に通用しません。しかしその評価を得るのに受験料だけで数百万円、その準備で数千万円という費用を要します。日本でもいくつか余裕のある病院はこの基準を獲得していますが、逼迫した一般の病院にこれを受けろといっても無理なのです。いくら質は近くても世界的に認められない。良い日本語の論文を書いても、世界では誰も見向きもしないのと同様です。日本の病院の半分とは言わず、10分の一くらいの病院がこれを取得すれば、日本の医療は世界に売り出せると思うのです。医療人が英語が喋れることはまた大事なのですが、これも教育の課題です。

最後に現在中心的課題となっている経済と軍事について一言。(ちょっと後半は問題視されるかもしれませんが、私は決してロシアやハマスを擁護しているわけではありません。)
私が渡米して9年間生活していたのは1989年から1998年です。特にバブルが弾ける前の頃は日本の経済は非常に強くて、円が世界最強でした。けれども交換レートは今とそれほど変わらず1ドル140円くらいだったと記憶しています。でもその1ドルの価値が非常に高く、見るもの全てがとても安く感じました。日本でマックのバーガーが300円した頃、向こうでは1ドル以下の89セントくらいだし、家を借りるのも月600ドルあれば3ベッドルームの庭付きの家がロチェスターという田舎では借りることができました。米国にいる時が今までで最も心が豊かな暮らしを(給与は安く、ギリギリの生活でしたが。経済的には安心感がありました)していたように思います。
今や米国に行くと狭いホテルが食事なしで1泊300ドル(4万5千円)は滅多になく、アパートは1ベッドルームでも月最低でも3000ドル(45万円)以上と聞いています。今や日本から留学、、、って経済的に無理。昔東南アジアやアフリカから米国への留学は一世一代の賭けのようなものだったのと同じような状況です。
今や日本は安くてお得な国と化し、日本も経済のインバウンド効果を求めて、中国やアジアの旅行客におもねって感謝している状況です。(悪いわけではないですが、日本の誇りってどこに行ったのでしょうか?)先日上野駅のホームに歓迎日本って中国語で張り紙してあったのですが、中国の旅行者は大きな声で電車内で騒ぐので、「車内では静かに」と中国語で書いて欲しいです。
でも海外に行かなければ、ワインや車などの輸入品を多く買わなければ日本は小麦や大豆を除けば自給自足もできる国土があります。地場産業があります。
トヨタのように世界に出て行って儲けてもらう企業には頑張ってもらって、国の中は国の中で、物価を抑えて、平和な暮らしができれば良いのではないかと思います。昨日も購入しましたが、美味しい朝じめの鶏のもも肉が五百円以下で買える日本って最高だと思います。
そんなに経済の強い国やGDPを競って突っ張らなくても、スイスやヨーロッパの各国のように誇りと自信を持って、自分の国の良いところをアピールできる国になれば、海外の観光客におもねらなくても、それほど経済に苦慮する必要はないのではないかと浅はかかもしれませんが、思います。とても苦労されていらっしゃる人が多くいる中で大変失礼ないいぐさで申し訳ありません。でも江戸時代の日本って幸せだったのではないかと思います。3,000万人くらいの人口に丁度良い国のサイズではないかと思います。先ほどの話とはやや矛盾しますが、AIやデジタルをうまく使って、人の足りない部分はロボットにしてもらう。そんなモデル国になれば日本の魅力はもっと増すのではないかと思います。「日本は教育と医療と科学の国」になるべきと思います。

さて戦争や国同士の諍いについてです。スイスで会った私の古い知人(サウジアラビアの王子で世界の地政学を研究している)が言ってました。
「日本はアメリカの言うことを聞きすぎるのではないの?」と。
今やアメリカの要望か、日本は対中国の軍備(防衛装備)に力を入れています。中国もあんまりだな、、と言う施策をすることも多々あるのですが、日本としては属国になる必要はないですが、日本が率先して、中国と敵対関係に陥る必要はないと思うのです。もし有事の時に米国は参戦するでしょうか?多分台湾と日本が最前線で戦い多大の犠牲を出す戦争になるかもしれません。今のウクライナも同様で、ウクライナの戦線に米国やヨーロッパからの軍隊はいません。経済的・軍備支援だけで、人的援助はしていないのです。いわゆるスラブ人同士で戦わせているだけなのです。中国とも同じアジア人同士で戦って、、という筋書きだよ。とのことでした。ちなみにロシアがウクライナに西側に近寄って欲しくない理由は多々あって、例えばウクライナがロシアの発祥の地であったこと。ピロシキだって、ボルシチだって、ウクライナの郷土料理です。ロシアの文化はウクライナの文化からなのです。だから主権とは言わないまでも仲の良い連合であって欲しかったのだ。とのことでした。
受け売りばかりですが、軍備費を増すよりも教育や医療、そして少子化対策への費用転嫁をして欲しい。
そして日本が率先して、中国と仲良くして、厳しいことも、辛いこともはっきり意見できる本当の友国になって欲しいと思うのです。日本がリーダーとなって種々の課題の交渉役を務めてほしい。中東やウクライナのトルコのように。トルコ。ちょっと軍事的になってしまっていますが、トルコは言いたいことははっきりいうしっかりした政治理念。国のあるべき姿を持っている国だと思うのです。
そうなるためには、ちょっと米国よりの方針を、下げても良いのではないかと思うので。私は米国も大好きですが、平和がもっと好きです。


 
雑記:
10月は様々な公的機関の方々と面談をさせていただきました。県議の出原議員と本プロジェクトへの支援、衆議院会館で小林史明議員と施設のデジタル化と、今後の本プロジェクトのあり方、福山保健局で細川総務課長と小規模運動施設の設置許可の件、そして新市の運動施設であるビッグランの小野社長と今後の小規模施設や運動施設のあり方などについてお話しさせていただきました。次々とわらしべ長者ではないですが、繋がりを紹介され、最初は何から手をつけて良いものやら途方に暮れていたのですが、少しずつ話す(依頼する)相手や人とのつながりなどができ上がってきていると感じています。
また10月前半の連休には府中外科会の超豪華な北陸旅行がありお供してまいりました。金沢での食事、錦秋の立山黒部アルペンルート(一部雪が降っていました)、神通峡、白川郷を巡る2泊3日の旅でした。近隣の外科の先生方のお話にも加わって楽しい時間でした。しかし、この辺りは広島ファンが多いですね。クライマックスシリーズ残念でした。その後ご一緒した楢崎先生から頂いた超おいしいビーフシチューのレシピを教わり、自宅で再現(とまではゆかないまでも)を挑戦し、かなり美味しい牛頰肉のシチューができました。なんとハート中山牧場(新市)では牛の頰肉を1Kg 2000円くらいで売っています。とても美味しいお肉でした。
10月後半は日本脳神経外科学会があり理事をつとめておりましたので、最後のご奉公で学会運営に携わってきました。学会の国際化には少しは役立ったかなと思っています。
朝夕がだんだん涼しくなってきました。もう年末となります。インフルも流行っているようですので、人混みではマスクをつける習慣に戻って元気に冬を乗り越えましょう。






2023年10月28日土曜日

高齢者の運動指導にも目を向けよう! 「スマート・エイジング・プラザ」の提案

 寺岡記念病院 高齢者健康医学センター

顧問 宮下 充正


趣旨

私たちが経験したことのない超高齢社会は、国家、自治体、家庭、高齢者自身にさまざまな困難をもたらしている。例えば、令和3年度の75歳以上の高齢者一人当たり医療費が、75歳未満の23.5万円に対して3倍以上の93.9万(前年比+2%)とか、医療費総額は44.2兆円(前年度比+4.6%)とか、経済的な側面においてだれがどのように負担するのかといった深刻な問題を人々に与えている。

この解決策として、厚生労働省は「地域包括ケアシステム」を提唱している。このシステムは、保険者である市町村、都道府県が地域の自主性や主体性に基づき、地域に応じて作り上げていくことが必要と述べられている。その中で、いつでも元気な暮らすために生活支援・介護予防を行う組織例として、老人クラブ、自治会、ボランティア、NPO等が挙げられている。しかし、高齢者を一括して対象としているため、いろいろな境遇にあるそれぞれの高齢者がどのように行動すれば望ましいのか、具体的な方策が示されていない。

 

高齢者を限定した提案

すでに入院治療を受けている場合を除けば、所有する資産の多寡によって、高齢者の生活する環境は下記のように、大きく3つに分類される。

  医療・介護が充実した有料老人施設で過ごす

  うまく入居できれば、特別養護老人ホームで過ごす

  入居先がなければ自宅で過ごす

3番目の自宅で暮らす高齢者は、例えば80歳代の夫婦のどちらかが介護する、あるいは、90歳代の親を同居する70歳代の子どもが介護する、といった老老介護と呼ばれる例が挙げられる。これら場合、厄介者として介護者に殺されるといった事件が頻繁に発生している。あるいは、一人暮らしの高齢者が、孤独死して数日後発見される事例が多くみられる。ちなみに、資産や身寄りがなく死亡した人数は令和3年で5万を超え、葬儀への公費負担が110億円であったと報じられている。

このような境遇にある高齢者たちを見逃さず、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間と定義される「健康寿命」をできるだけ先に延ばし、幸せに死に至るための具体的な方策を提案したい。

地方自治体が支援してあげるのではなく、高齢者自身が主体となって小さな集団(10名程度)を結成して、それぞれに協力し合って「健康寿命」の延伸を図るのが出発点となるべきである。もちろん、自治体からの支援は必要であるが、集団の管理・運営には地域に住む元気な高齢者が当たるというように自主性が求められるといいたい。

 

施設の概要

高齢者の人口増加がもたらす経済的問題に直接かかわるのは、保険者である自治体の首長と健康・福祉の部門の職員たちである。したがって、集団は、自治体の力を借りて、居住する近くに空いた空間(空き家、使われない学校の部屋)を改修し借り受ける。あるいは、公園等の空き地に小屋を新築する。

これを「スマート・エイジング・プラザ」と名づけ、1つの集団が1日に2~3時間占有し運動、会話などさまざまな交流を行う。1つのプラザを、1日に3~4組の集団が利用し、1週間に3~5日借用するとすれば、最大に見積もると1週間に20組の集団、人数にして約200名の高齢者が交流し合うことができる。

 

エクササイズ

参加する高齢者が「健康寿命」の延伸するのがプラザの目標であるから、効果が上がるエクササイズの実践が主たる活動内容である。下記のようなエクササイズ・プログラムを実行し、一定期間継続すれば効果が期待される事実は、多くの疫学的調査、あるいは、介入実験などの科学的研究成果が明らかにしている。そのため、知識と経験のある健康運動指導士(者)の役割が不可欠であるといいたい。

 

1.“力強さ”を保持・改善するエクササイズ

力強さの保持・改善のためには、筋肉に負荷を与えて行うレジスタンス・エクササイズがよい。この種のエクサイズは、短時間の実践でも1週間に2~3日行えば効果が得られる。

 

①脚・腰を中心とした下肢の筋肉をはたらかせるには、腰、膝関節をやや曲げたかがんだ姿勢からの立ち上がり(スクワット)、あるいは、腰かけから立ち上がる運動が有効である。

例えば、腰かけに浅く腰を下ろし、胸の前で両手を組みやや速く立ち上がり、ややゆっくり腰を降ろす。1回の反復は約3秒かかるから10回反復で30秒間である。20回反復しても1分間で終わる。反復する回数を分けてもよいから1日に合計100回反復する。自分の能力に応じてできる回数から始め、疲れたら休息し反復する。しだいに連続してできるようになるから、とにかく1日に合計100回反復するのを目標とする。

 

         



 

②肩、上肢の筋肉をはたらかせるには、腕立て伏せ(プッシュアップ)が有効である。台の上に両手を置き、腕を曲げた状態からやや速く伸ばす、腕が伸びきった状態からゆっくり肘を曲げながら元に戻す。時間は反復で約3秒間かかるから、時間を分けて1日に40回反復する。運動の強さは、両手を置く台の高さがテーブル、椅子、床と、低くなれば強くなるので、自分の筋力に合わせた高さの台を選択する。最初は40回連続してできないだろうから休みを入れて何度かに分けて40回実施する。


       

③体幹(腹筋)をはたらかせるには、上体起こし(シットアップ)が有効である。仰臥姿勢をとり、両ひざを曲げて足部分を固定し、腕を胸の前で組んで上体をやや速く起こし、ゆっくり元に戻す。時間は約3秒間かかるから、10回反復する。時間を分けて1日に4セット行う。弱い人は、最初上体を床から上がらなくても上げようと腹部の筋肉に力を入れるだけでもよい。軽く上げられる場合は、ペットボトルに水を入れて両手で持つか、重いものを持ち、筋力がついてきたら重量を増やす。足先が固定された方やりやすいので、2人で交代に足部分を抑えてやる。とにかく、1日に合計40回反復するのを目標とする。

       


(レジスタンス・エクササイズ用の新しい機器は今仙電機製作所が開発中)

 

2.“ねばり強さ”を保持・改善するエクササイズ

ねばり強さの保持、改善のためには、腰や脚の大きな筋肉を、1日に低い強さで20~30分間活動させる。1週間に5日行えば十分効果は上がる。自宅とプラザまでの距離が適当であれば、往復を歩くか走れば十分である。とにかく、歩く、走るなどの反復運動が勧められる。

狭いプラザ内では、音楽(聞き覚えのある歌)のリズムに合わせて、ステップ・エクササイズを行う。“ややきつい”と感じる程度の速いテンポのステップを混ぜると効果が上がる。プラザの近くに安全に歩きやすい道があれば、天候のよい日に歩いて往復する。その際、歩く能力に合わせて、距離のわかる標識を100mごとに置き、自分が歩いた距離を確認する。


 

プラザの運営

緊急事態に備えて、医療機関との連携を取り決めておく。市町村、都道府県の関連職員と集団の代表が定期的に集まって、利用日、時間、内部施設の見直し、などを相談する。また、会費の徴収についても、検討すべきである。

とにかく実現可能な簡素な施設、設備でよいから、まだまだ深刻化する超高齢社会を乗り切るためにみんなで積極的に取り組むことが急がれるのである。