2023年8月1日火曜日

メリハリのある人生を:SWISS & FINLANDから。

 センター長・脳神経外科顧問 森田明夫

前回のブログで少し紹介しましたが、6月に脳動脈瘤の国際共同研究をしているスイスのジュネーブ大学とフィンランドのタンペレ大学を訪問してきましたので、ご報告させていただきます。あまりに暑っっつい日が続いていますので、ちょっと涼しげな話。

第1話(スイスのこと):

さてまず6月の第1週にSwissGeneveにあるジュネーブ大学(Geneve University Hospital: HUG)を訪問しました。ここの脳外科の長のKarl Schaller教授は私が米国のMayo Clinicに留学していた時にドイツの医学生で見学に来てくれたnice guyです。10年前に一度大学に講演で読んでもらったツテで、その時に彼のAssistant professorPhilippe Bijilenga先生が動脈瘤を中心に研究をしているといので、共同研究に繋がりました。何を共同研究しているかというと、Bijilenga先生を中心としたグループは脳動脈瘤の巨大なデータベースをヨーロッパや米国を中心に作っていてその中の報告の一環にスイス人のくも膜下出血発症率を報告しており(SWISS SOS研究)それによると、スイス人のくも膜下出血発症率は10万人人口にたいして年間3.7人の発症ということです。これは実に日本の4分の1以下(日本は10万人対20人発症です)なのです。何か生活習慣や食生活、体内の菌叢に差異があるのではないか?それをサーチするというのがこの研究の主目的です。当然遺伝的な背景の違いなどもあるはずなのですが、これまでに明らかな遺伝学的な相違は検出されていないのです。思いつくことから言えば、例えば乳製品の摂取量がかなり異なる(スイス人はご飯のあと、これでもかというほどチーズを食べまくります)とか、生き方が違うとか(のんびりしてる)、、です。

まずスイスの紹介ですが、人口は800万人(横浜市くらい)で九州と同じくらいの国土に住んでいます。大都市はジュネーブ、チューリッヒなどで首都は両都市の中間にあるベルンという街です。ご存知のように永世中立国で、銀行業、観光名所、スイス時計などが有名ですが、国力を増すために科学には国家予算をたくさん投入して研究を後押ししています。特におおきな研究はCERNという素粒子研究施設・核融合研究施設がジュネーブの地下にあって、直径9kmの加速器がフランスとの国境を跨いで湖の下にまで建設されているそうです。日本からも多くの科学者がこの地で研究しているとのことです。次にジュネーブ大学病院の紹介ですが、1000床規模の日本でいえば大きな病院の一つですが、大都市には一つの大学病院しかないので、どこの大学病院も非常に忙しくたくさんの症例をこなしています。ジュネーブ大学脳神経外科も救急から高度な手術までを年間2000件くらいの手術をこなしています。


脳外科の研修はヨーロッパの各地から言葉さえ話せれば研修に来れます。むしろヨーロッパでは一ヶ所の施設で研修を終了することはできず必ず1-2年は他の大学施設(ヨーロッパでは大学でのみ脳神経外科研修が行われます)での研修が必須となるとのことです。ちなみにジュネーブはフランスに近くフランス語圏ですが、ドイツに近いところはドイツ語圏、イタリアに近いところはイタリア語圏となります。自然とみな英語はもちろんその3カ国の言葉は話せるし、脳外科のレジデント(専攻医:専門認定前の医師)とも飲み会をしたのですが、それぞれ出身はクロアチア、イタリア、フランス。スイス、ドイツと、、本当にヨーロッパ全てから来ていました。


K Schaller教授は非常に脳科学に興味があって、脳の深層科学の研究をしており、いかに人間の脳が心臓と繋がっているかとか、心臓が止まっている時の脳の活動などを心臓外科医と共に研究しています。まあ、驚くと心臓がドキッとしますし、恋でもするとドキドキ、、なんていろいろな感情はただ単にカテコラミンの放出だけではない神経と心臓連関からなりなっているのでしょう。そのほか仮想現実の技術を手術に活かすための開発、研修医や学生の教育のためにビルを病院の一画に建設して、全て研究ができる施設などを作っています。

「あの学生だったKarlがな〜〜」と、感慨深いものがあります。また彼は家をいくつか所有していて、モントルーというところにお城みたいな家を一つ。ジュネーブでは一等地のレマン湖の噴水の目の前のアパートの1フロア(小さい住処と言ってましたが、私の自宅の3倍はありました=1フロアで)を所有し、地下には駐車場にポルシェやらベンツやら、、何台も彼のすごい車が置いてありました。要は仕事も充実、経済的余裕はもちろんとのことです。ところで、5時くらいに終業したのち何をするかというと、研修医以外の医師はほとんどがボート(4〜6名乗りくらいのモーターボートです)を所有しており、夕方になると湖に繰り出します。そして湖沿いのレストランで食事というわけです。日本にもボートやクルザー、飛行機なども所有している脳神経外科医や医師もいらっしゃるのかもしれませんが、臨床や科学的にこれほどの実績を上げながら、経済も豊か、、というのはなかなか腑に落ちません。私もお相伴に預かって、毎日打ち合わせ(いろいろ細菌の学者や、カンファランスで勉強したのち)が終わった後は、ボートでワイン、その後食事という具合の1週間でした。



ちなみに週末には首都のベルンに行き街並みを堪能してきました。ベルンはスイスなのでもちろん空襲されていないので、古い街並みが旧市街に残っており、ところどころに噴水と水道があって、とても美しい街でした。アインシュタインが住んでいて世の中を変える論文をいくつ執筆した街でもあります。ドイツ圏に近くビールも美味しいです。



私はあまりボートの乗り降りは慣れていませんので、港について飛び移れなどと言われても、、海の男じゃあるまいし、と思っていたら、ブレーザーをきてリュックを背負ったまま、レマン湖にジャブンと落ちるなんていうこともありました。身体中びしょびしょになって靴はグチュグチュお恥ずかしく大変なエピソードだったのですが、、何に感動したかって、Tumiのリュックには水が一滴も入ってなかったことで、コンピューターが救われました。やはり品質って大事だと思いました。チャックポケットに入っていた馬券は濡れてしまいましたが、、(乾かして一応ごくわずか当たっていた馬券は換金できました!)

 

第2話(フィンランドのこと):

そんなこんな人生の違いを見せつけられて、モヤモヤしているうちに次の週はフィンランドのタンペレ大学に2週間ほどお邪魔しました。

フィンランドはなんと言っても広い!と思ったら地図の錯覚(地図では北の方の国は大きく見えます)で、今度は日本から九州を引いた大きさだそうです。人口はさらに少なく550万人ほど(埼玉県より少ないです。北海道と同じくらい)だそうです。長い国境をロシアと接していて、大変だろうなと思いますが、今は感情が複雑だそうです。フィンランドはもともと大国のスエーデンとロシアに挟まれていて、スエーデンを破ったロシアのアレキサンドル2世国王の時にフィンランドはスエーデンの過酷な支配から逃れて、自治を進めてくれたので、国ができたという経緯があって、そのロシアのアレキサンドル2世国王はフィンランド人にとっては大恩のある英雄であり、ヘルシンキのシンボルである大聖堂の前に大きな銅像が立っていますし、大聖堂の斜向かいには大きなロシア教会もあるのです。また今回の戦争前はロシアが一番の輸出国だったそうで、非常に今は経済的に苦しいと言ってました。以前はNOKIAという携帯で一世を風靡した企業が儲けてくれていたようですが、今はiPhoneや韓国のGALAXYに押されて厳しいそうです。あとは林業と漁業と観光ということになります。もちろん福祉は充実しており、私がリタイア後の年金の少なさを嘆いていたら、超驚かれました。でもその分若いうちにはしっかり税金を取られます。GDP40%が税収になっているそうです。タクシーの運転手に聞いたら、スピード違反の罰金も収入に応じて違うらしく、億万長者が先日20kmオーバーで200万円以上罰金取られたという話をしていました。でもいずれにしても誰でも過不足なく暮らせるので、非常に犯罪の少ない国で、とても街中も安全です。どこへ行っても緩やかな空気が流れている気がします。


さてなぜフィンランドと共同研究かというと、この国には昔から脳動脈瘤の壁の研究をしているJuhana Frösen教授という若手の教授がいること。それとフィンランドは以前日本よりくも膜下出血の頻度が多かったのですが、現在急激に減少して欧米と同じレベル(10万人対5人くらい)になっており、その経緯が何によるものかも興味があったからです。Frösen教授はまだ40代で、私が注目していた動脈瘤壁の有名な2004年に発表された論文は、実は学生時代に書いたというから驚きです。さて件のくも膜下出血の頻度の減少ですが、実はもともとの統計の対象が、戦後の非常に荒れた生活をしている人たちを中心とした研究であって、その人たちはタバコやお酒の量が多く自堕落な生活をしていた人が多かった。だから戦後の一部の集団の統計なのだと説明を受けました。今の普通の健康的な生活をしている人たちのくも膜下出血発症率はお普通の欧米人と変わらないとのことでした。その中で、何が最も発症リスクを変えたのかに興味があります。日本人が皆荒れた生活をしているからくも膜下出血が多いとは、とても思えませんので。

またFinlandがすごいのは、病院外で亡くなった全死亡例も全て剖検を受けることになっていて、その死体が全てタンペレ大学に運ばれてくるとのことです。タンペレ大学は剖検を一手に引き受けているそうです。そこで解剖や手術の研修も受けられるようになっています。今回いくつかの手術方法を教授してきました。

5つの大きな大学病院が国内大都市にあって、そこだけが脳神経外科をしているので、脳外科は1大学100万人対象となるので、どこも大忙しだそうです。ただ現在看護師の給与が安くて成り手がいなくなって、医療危機に面しているとのことでした。

フィンランドには動脈瘤と感染のプロがたくさんいますので、彼らとの意見交換は素晴らしい時間でした。




タンペレはヘルシンキから車で2時間位北に行ったところに位置していて、湖が上下にあり水面に差があるため、その落差を利用して水力発電がフィンランドで最初に入り、多くの電気を用いる企業が発展してできた街とのことです。



Finlaysonという有名なテキスタイルの企業もあります。私ども夫婦は非常に北欧風が好きで、自宅の家具も全て(実は私の寺岡の部屋の机もキャビネットも)北欧ビンテージなのです。ですので、北欧のデザインは非常に大好きなので、見るもの触るもの最高でした。アラビアという会社の陶器も素敵ですし、みなさんよくご存知のMarimekkoJohanna Gullichsenなどがフィンランドを代表するデザイン会社です。建築も素晴らしいデザインで、ヘルシンキには大学の図書館、Alvar Aaltoがデザインしたアカデミア書店というのがあります。ちなみにFinland人は最も図書館利用率が高いそうです。それで図書館は素晴らしいデザインで作られています。



そして前回も紹介したラップランドにも参りましたが、すごく広い土地にすごく合理化したキャビンが建てられています。

そして電化です。水力発電で電気が最初から多く使われてきたので、電気自動車もものすごくたくさん走ってますし、家がオール電化というのも珍しくありません。当然現金を使う店も少なくお札出して買っているのはわたしどもだけで、トラムとか電車もwifiマークのついたクレジットカードかスマホ決済です。人口が少なく、国土も広いのでどうやってスマートな生活を維持できるのかと思ったら、要はIT化と電化で徹底的に合理化しているのです。それで例のキャビンもその他のホテルもほぼレセプションはなくて、自分での決済です。キャビンなどは暗証番号のついたボックスに一枚のカードキーが入っていて、それ一枚で家全体が管理できていました。ちなみにフィンランドには日本でも今超人気のサウナの発祥の地で、200万ほどサウナあるそうですが、こちらのキャビンはサウナさえ電気で2時間石を電気で熱すると入れるようになってました。素晴らしいです。



でもやはり古い、薪でもやすサウナが大好きな人も多く、それは旧式のストーブに薪を入れて燃やして4時間くらい石を熱してサウナを温めます。サウナは人生だそうです。薪の燃えるタイミングで匂いや、気温や、湿度が異なり、入る順番も誰が最初の入るか、熱く猛々しい最初は若い人、時間経って緩くなり、まろやかな空気になったら女性やお年寄り、、といった感じらしいです。

サウナ博物館という日本人にも人気のスポットがありJuhana先生が連れて行ってくれたのですが、smoke saunaという部屋の中でまきを燃やしてそのまま入るサウナがあるらしいです。その実演をしていたのですが、サウナ部屋ごと火事になってみんな周辺にいる人たちで消火作業をしていたのには驚きました。湖からバケツリレーで水を運んでかけてました。基本サウナ小屋は7年くらいで燃えてしまうもの、、という言い伝えがあり、母屋とは別に建てている家が多いのはそのためだとも。サウナはすっぽんぽんで入るのが慣わし(男女は別に)で、それでサウナ外交がよく国際交渉では使われるようです。サウナであったまって、湖に入る。これを数回繰り返す。白樺の葉っぱて背中を叩く。健康に良いそうです。木の香りが充満します。本当に「整いました」という気分になります。


もちろんフィンランドは森が国土の70% 湖や川が10%を占め、氷河の覆われていたところで、高い山はありません。標高1400mくらいが最高に高いらしいです。赤道から遠いので大陸プレートがぶつかることもなくスイスや日本のように高い山はできません。ものすごく綺麗な国土です。

そこでどうやってこの国を維持しているのか?移民は言葉がフィンランド語が中心なのでEUの国ともあまり人口移動はなくこちらはスイスとは正反対です。看護師さんは少し入ってきているようです。やはりkey wordは合理化なのでしょう。日本も今後100年後には人口が半分になるとお恐れられています。そして移民を増やそうとか、、色々な案があるようですが、日本の技術を持ってすればフィンランドよりもすごい合理化ができるようになるのではないかなと思います。そんなに人口を増やさなくても、江戸時代頃の人口(3000万人くらい)がちょうど良いのかもしれません。オール電化も重要です。ただインフラとして、中・四国の道は狭すぎるので、道幅をなんとかしないと、またはすごく小さい電気自動車をつくらないと行き来ができませんね。新市町向けの小さい電気救急車を考案しようかなどと考えています。

さて先ほどからの人生モヤモヤのお話ですが、Frösen先生、私どもの訪問の後、4週間夏季休暇の予定だそうです。4週間の休みをどうやって過ごすのかきいいたら、(日本で4週間休みがあってもすることないし、旅行行くにもお金がない)、自分も親戚も色々なところにサウナ付きのコテージを持っているので、1週間くらいずつ転々として遊んで、ゆっくりするとのこと。湖や川で釣りしたり(大きなパイクという魚が釣れて美味しいそうです)Mooseやトナカイのハンティングなんかもするそうです。Moose10人がかりでハンティングをするのですが、獲れると1年間で食べきれないほどのお肉が取れるそうです。流石に今回Mooseのお肉は食べれませんでしたが(餌付けはしました)、トナカイはステーキをいただきました。牛肉と鹿肉の間みたいな美味しいお肉でした。ちなみにLaplandの地区ではトナカイを多くの地域で食肉用に放し飼いにしていました。例のcabinでも朝庭先をトナカイが草食べてました。

そのようなレジャーですのでお金はかからないし、リラックスできるとのこと。1年間6週間の休暇は必須で取らないと罰則があるらしく、みんな予定を合わせて休みを取るそうです。そういえばForsen教授は今年の1月に2週間ほど日本で我々の大学などを訪ねてくれました。冬はスキー(メインはクロスカントリー、オリンピック金メダリストが多くフィンランドから出ています)、息子さんはオリピックチーム入りを目指しているそうです。豊かな国で、特に職業にはこだわる必要はないとのこと。

ヨーロッパでは6週間の休みは当たり前。とのこと。さてモヤモヤの件ですが、考えてみれば、要は「メリハリ」でしょうか。

人生メリハリが大事。働くときは一生懸命身を粉にして働いて、リラックスするときはとことん楽しむ。

どうも私など、中途半端だったな〜〜と思うこの頃です。と1ヶ月近くもスイスとフィンランド行っていた者に言われたくないですね。。

 

料理のこと:

さて今月の料理は「カウボーイ料理」です。寺岡の脳神経外科の平野雄大君が脳血管内治療専門医試験に合格しましたので、寺岡会長、竹信部長と脳外科一同でシャンカワカーンという新市最北の神谷川の支流父尾川のダム湖のところにあるレストランで非常に大きなアメリカンスタイルのステーキを食べてきました。まず行くために金丸から先はほぼ(すれ違いの困難な)単線道路それも非常に狭い。時に茂みが車を擦ります。向こうから車が来ると行ったり来たりしてすれ違います。上の住民でしょうか?若い女性が運転する車(軽ではなく通常サイズ)とすれ違いました。こちらはバン型九人のりタクシーですのでさぞ困った表情かと思ったら、涼しい顔で、落ちるのではないかと思うほど路肩スレスレを通過して過ぎてゆきました。。すごい精神力の持ち主です、こちらのドライバーもすごいですが。この道を30分ほどビクビクしながら行くと店の看板があり、そこからがさらに狭く急な坂道です。

寺岡会長は昔この地区の小学校と先生が属していた新市の下の小学校で一緒に運動会をしていて、この地区の子は非常に足が速くて勝負にならなったなあ〜〜〜なんて思い出話をされていました。金栗四三みたいに日々の山道でのトレーニングが効いたのでしょうかね。さて料理は豪快。一番のおすすめは450gT-ボーンステーキとか400gのショルダーステーキ(肩甲骨の上の肉のようです)です。肉は米国からの輸入ではなく中山牧場から取り寄せているとのことでお墨付き。すごく美味しいステーキで、親父さんの凄まじい生き様を聞きながら食事してきました。今度瀬戸内海の佐木に移るようなことを言われてました。そっちも楽しみです。でもZOZO TOWNの昔の社長さんがその島に米国企業を入れて新しい宿泊施設を作っているとのこと。島の雰囲気が変わってしまうかもしれませんね。

 

中国地方の人や文化や自然は奥深いですね。


ちなみに7月の高齢者健康医学センターの活動としては、日本医師会長の松本先生と面談して、我々の活動の趣旨をご説明し、今後のご指導を仰ぎました。また小野府中市長ともお会いして、地域の健康度を向上するためにどうするか?どうやって地域住民の運動習慣をつけるかというお話しをさせていただきました。