2024年1月9日火曜日

新年を迎えて思うこと

高齢者健康医学センター 森田明夫

新年になって数日のうちに、とてつもないニュースがいくつか飛び込んできました。北陸で被災された方々には謹んでお見舞いを申し上げます。広島からも可能な限りの支援をお届けしたいと思います。また一瞬の間違いで多数の犠牲者を出したであろう事故では、乗務員の素晴らしい機転・活躍と乗客の自制心で民間機側には一人も犠牲者を出さないですみました。日頃の鍛錬が万が一の危機にも非常に重要なことがわかります。

能登は昨年夏に訪れたばかりでした。輪島門前という輪島の内陸にあるところで頑張っているシェフを訪ねてとても良くしていただき、また行きたいと思っていたのですが、素晴らしい図書棚や由緒ある建物はどうなってしまっているのだろうかと思います。無事であることを祈っています。

能登は素晴らしい里山と棚田や塩田があり、珠洲ではここでしか作ることができない切り出しや練り珪藻土の七輪が作られています。机の上や気軽に炭火焼きをするにはこの道具は不可欠です。一度使ってみればわかりますが、この七輪は枠が厚くてもとても軽くて、熱は全く外には伝達しません。その他、有名な輪島塗、朝市、そしてキリコによる祭りなど鄙びた中にも素晴らしい文化が能登・石川にはあります。ぜひ皆さんもいつか街や村、道路が回復したら訪ねてみてください。

能登里山街道という高速道路は途中に七尾湾を見渡す素敵な展望台があったり、素敵な田園風景が続きます。また北岸の白米千枚田ではすごく美味しい塩にぎりがあります(残念ながら私たちが行った時は45分待ちで食べられませんでしたが)。海にそのまま突き進むような千枚田は日本随一です。さらに能登半島の先には日本一の塩を作る古くからの揚浜式塩田があります。時国家という平家の落武者が先祖とされる豪農の家もありますが、どうなっているでしょう?

20238月の能登

今は、里山街道は寸断され、また能登半島の塩田や千枚田のあたりの集落は孤立したままだと言います。すでに海上自衛隊の揚陸艇やPeace Windsの支援船などが活躍しているようですが、なぜもうちょっとしっかりした支援船や病院船を早く作らないのかなと思います。ちなみに政府では2021618日に病院船推進法が公布され、3年のうちには実施しないといけないことになっているのですが、忘れ去られているのでしょうか?道路が寸断されているのであれば、やはり海路や空路での運搬の手段をもう少ししっかりしたものを作って欲しいと思います。確かに津波や海底の隆起などで一般の船では接岸は難しいのかもしれませんが、熟練の漁師が扱う小型船や揚陸艇などを用いて安全な沖合に停船した大型船から大量の物資や患者の運搬などができるのではないかと素人的には思います。病院船は確かに災害のない時には維持コストが問題になりますが、通常は健診機能付き豪華クルーズ船にするなど、さまざまな工夫で効率を挙げられるのではないかと思います。沼隈病院の檜谷先生はぜひ常石の造船所で病院船を作りたいとおっしゃっておりました。その造船所ではGUNTUという超豪華な瀬戸内海クルーズ船を運行しています。ぜひ病院船にも応用できるようなクルーズ船を作って、いざという時には被災地の皆さんに温かい部屋や清潔なトイレ、お風呂を提供してあげられるだけでも素晴らしいと思います。また神石高原町を本部とするPeace Winds Japanの先生たちの活動がテレビでも放映されていました。昨年7月には3500トン級の災害医療支援船を航行させています。すでに船舶豊島丸を派遣して物資の運搬をしているとのことです。広島県の災害医療への貢献をさらに増強できたら素晴らしいですね。

病院船構想


しかし一方で、よく宣伝にも使われているドローンによる運搬は今どのレベルになっているのでしょうか?武田薬品の宣伝でドローンによって離島に薬を運ぶなどというPRビデオが流されています。また大阪万博では空飛ぶ車が実機配備されるとのこと。なぜこのようないざという時に有用な技術が使えないのでしょうか?ドローンはまだ爆弾を落とすくらいしかできないのでしょうか?コンサートや開会式では素晴らしいコンピューター操作でドローンによる模様や照明が多く使われています。確かに軍事転用できる技術なので、開発に躍起になると誤解を受けるかもしれませんが、このような災害の時にこそ使える実機をトヨタでもマツダでも日産でも、JET機を得意とする本田でも良いので、ぜひ協力して軽トラック一台分くらいの荷物を運べるようなドローンや空飛ぶ自動車を作って欲しいと思います。それこそ災害の多い日本が今後牽引してゆくべき新技術だと思います。このようなfrustrationは以前未だに解決しない福島原発のデブリの処理を英国製のロボットが担当するというニュースを3年程前に聞いた時に耳を疑いました(日本医科大学2021年業績集巻頭言)。なぜロボット先進国の日本でのことなのに欧米の技術を入れないといないのでしょうか?人は疲れますし、危険を承知で危険な現場に向かわせることはできません。RobotAIには疲れという言葉がないのがその最も大きな特徴です。政治家たちは自分たちでへそくりを貯めないでぜひ大型予算でAIや自動技術を備えたロボットの開発を進めて欲しいと思います。日本初の災害対応機器の開発が進むことを切に願います。

次に2日に起こった不思議な飛行機事故。なぜ何度も何度も安全確認や復唱する習慣のある航空業界でこんな事故が起こるのか?発生原因の詳細はまだ不明とのことですが、石川の支援に向かっていた飛行機に乗り合わせ犠牲になられた海保の乗組員の方々には大変お気の毒でした。ちょうど発生時にテレビを見ていましたが、NHKの画面に突然燃え始めている飛行機が写り、アナウンサーも何の映像かわからず、1時間くらいして徐々に詳細が明らかになってきました。何度も何度もNHKの定置カメラに映った画像が繰り返し流され、着陸する飛行機に何かがぶつかって火の手が上がる様が直後に放映されていました。その間にも火はだんだんに室内や機体を包んでゆき、あの中には乗客はいないのか?ものすごく不安になりました。脱出用のスライドが降りていましたが、本当にいつも飛行機の離陸前に流されるビデオのように皆さん荷物を持って出なかったのかなど、自分だったらどうしたろうなどと考えていたら、乗務員が素晴らしい連携と判断、指示をして、乗客が一人も(?)荷物を持って出ないで、一人の犠牲者も出さなかったという。つくづく奇跡のようなことを目の当たりにしたなと思いました。例えば360人の乗客のうち一人でも命より大事だとか主張して荷物持って出て、その荷物の金具でスライドは破損して数少なく使えた3つのうちの一つのスライドが壊れたら、その人のために何人かは犠牲になったかもしれません。今後荷物や持ち物の補償はどうするんだろうと思いますが、本当に乗組員をはじめ、素晴らしく民度の高い行動をした乗客の皆さんを誇りに思います。国際的にも奇跡として称賛されていますね。このようなニュースを聞くと、いかに徹底した確認を行っていてもちょっとした油断やミスから大きな事故が起こりうることがわかりますし、またその対応には日頃の徹底したシミュレーションと訓練が威力を発揮することをまざまざと見せつけられ、学ばせていただきました。

また改めて自分勝手な行動や怒鳴ったり喚いたりするのは、いざという時に浅ましい人間性を示すことになるのだと思います。日頃から、決まりや規則をしっかり守って落ち着いた行動をしたいと思いました。

雑談:

皆さんはお正月をどうお過ごしになられましたでしょうか?私は今回年始のお祝いはないので、瀬戸内で年末を過ごして京都の錦市場に寄って正月に東京の自宅に帰りました。瀬戸内の日の出、京都の日没は素敵でした。食事はもちろん美味しいものだらけで、どうにもリバウンドの流れは止まりそうもありません。なんとか今年は意思を固くして、数kg体重を減らす努力をしないと肝臓を脂肪漬けにしてしまいそうです。

年末のラジオで斎藤幸平先生から「人新世」の話を伺いました。人新世とはこのままでは人が地球環境を壊して大量絶滅が来るという人による地上への痕跡が多く残って行くだろうという時代を示します(デジタル朝日記事)。特にグレートアクセラレーションといって1950年以降の世界では人間による活動が特に顕著になっていて、ものすごい勢いで世界総人口、GDP、都市人口、一次エネルギー使用量、化学肥料の使用量、ダム建設、水使用量、製紙、遠隔通信、二酸化酸素産出量、大気中のメタン濃度、漁獲量、エビの養殖など、さまざまな人を中心とする活動や結果の指標が驚くくらい並行して急激に増加しているのです。齋藤先生が推奨されていた本、田村典江さん達が書かれた「人新世の脱<健康>」という本を読ませていただきました。人の健康は環境と食によってなり立っていて、その環境は地球の健康が人の活動によって劣化しているため、危機に瀕しているというのです。健康とは単に医療や保健をよくすれば良いわけではなく、人間の生き方、地球や環境のあり方に密に連携していることが詳しく書かれています。人の体のことだけではなく、いろいろな面を考えないといけません。WHOでは次の様に定義されています「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)。私を含め多くの医師は単に医療の面からのみ健康を考えていることが多いのですが、人間の生き方の歴史的変遷によって大きく人の寿命や健康度そして環境が変化し、特に今は精神面での健康も含めて、社会の中での人の生きがいがどうなのかなども大きく影響することを知りました。また人の歴史の中で、狩猟や採取を主な糧としていた少人数グループの時代から、農業を営み比較的大きな集団で生きるようになった時代、そして産業革命や富の集中によって都市型の社会と農村に分かれて住むことが多くなった時代、そして現在のグローバルな時代、それぞれに起こる病気、感染症、健康に関わる要素が大きく人の生き方で変わってきているのです。例えば、家畜や鳥と一緒に住む環境になって初めて天然痘やインフルエンザが始まったと言われます。多数の人口が寄り集まって暮らすために疫病が流行する。また共通の水路や汚染からペストなどが流行したと言われます。そして現在は高カロリー、多脂質な食事で、出来合いのコンビニ食などのためビタミンや金属などの必須栄養素が足りていない、多栄養と栄養失調が同居した状況になっているとのことです。当然車社会となり、運動不足は社会の多くの疾病の元となっていると言っても過言でもありません。さらに今後少子化が進み、かつ現在の破局的な温暖化が進めば、人口は減少し、かつ砂漠化した土地に居住するという時代が近い将来来るかもしれません。

一人一人の医療や健康と同時に、私たちも社会や地球の健康をどのように保って行くかなども含めて大きな視点で考えていかないといけないなと思うこのごろです。