2023年8月1日火曜日

メリハリのある人生を:SWISS & FINLANDから。

 センター長・脳神経外科顧問 森田明夫

前回のブログで少し紹介しましたが、6月に脳動脈瘤の国際共同研究をしているスイスのジュネーブ大学とフィンランドのタンペレ大学を訪問してきましたので、ご報告させていただきます。あまりに暑っっつい日が続いていますので、ちょっと涼しげな話。

第1話(スイスのこと):

さてまず6月の第1週にSwissGeneveにあるジュネーブ大学(Geneve University Hospital: HUG)を訪問しました。ここの脳外科の長のKarl Schaller教授は私が米国のMayo Clinicに留学していた時にドイツの医学生で見学に来てくれたnice guyです。10年前に一度大学に講演で読んでもらったツテで、その時に彼のAssistant professorPhilippe Bijilenga先生が動脈瘤を中心に研究をしているといので、共同研究に繋がりました。何を共同研究しているかというと、Bijilenga先生を中心としたグループは脳動脈瘤の巨大なデータベースをヨーロッパや米国を中心に作っていてその中の報告の一環にスイス人のくも膜下出血発症率を報告しており(SWISS SOS研究)それによると、スイス人のくも膜下出血発症率は10万人人口にたいして年間3.7人の発症ということです。これは実に日本の4分の1以下(日本は10万人対20人発症です)なのです。何か生活習慣や食生活、体内の菌叢に差異があるのではないか?それをサーチするというのがこの研究の主目的です。当然遺伝的な背景の違いなどもあるはずなのですが、これまでに明らかな遺伝学的な相違は検出されていないのです。思いつくことから言えば、例えば乳製品の摂取量がかなり異なる(スイス人はご飯のあと、これでもかというほどチーズを食べまくります)とか、生き方が違うとか(のんびりしてる)、、です。

まずスイスの紹介ですが、人口は800万人(横浜市くらい)で九州と同じくらいの国土に住んでいます。大都市はジュネーブ、チューリッヒなどで首都は両都市の中間にあるベルンという街です。ご存知のように永世中立国で、銀行業、観光名所、スイス時計などが有名ですが、国力を増すために科学には国家予算をたくさん投入して研究を後押ししています。特におおきな研究はCERNという素粒子研究施設・核融合研究施設がジュネーブの地下にあって、直径9kmの加速器がフランスとの国境を跨いで湖の下にまで建設されているそうです。日本からも多くの科学者がこの地で研究しているとのことです。次にジュネーブ大学病院の紹介ですが、1000床規模の日本でいえば大きな病院の一つですが、大都市には一つの大学病院しかないので、どこの大学病院も非常に忙しくたくさんの症例をこなしています。ジュネーブ大学脳神経外科も救急から高度な手術までを年間2000件くらいの手術をこなしています。


脳外科の研修はヨーロッパの各地から言葉さえ話せれば研修に来れます。むしろヨーロッパでは一ヶ所の施設で研修を終了することはできず必ず1-2年は他の大学施設(ヨーロッパでは大学でのみ脳神経外科研修が行われます)での研修が必須となるとのことです。ちなみにジュネーブはフランスに近くフランス語圏ですが、ドイツに近いところはドイツ語圏、イタリアに近いところはイタリア語圏となります。自然とみな英語はもちろんその3カ国の言葉は話せるし、脳外科のレジデント(専攻医:専門認定前の医師)とも飲み会をしたのですが、それぞれ出身はクロアチア、イタリア、フランス。スイス、ドイツと、、本当にヨーロッパ全てから来ていました。


K Schaller教授は非常に脳科学に興味があって、脳の深層科学の研究をしており、いかに人間の脳が心臓と繋がっているかとか、心臓が止まっている時の脳の活動などを心臓外科医と共に研究しています。まあ、驚くと心臓がドキッとしますし、恋でもするとドキドキ、、なんていろいろな感情はただ単にカテコラミンの放出だけではない神経と心臓連関からなりなっているのでしょう。そのほか仮想現実の技術を手術に活かすための開発、研修医や学生の教育のためにビルを病院の一画に建設して、全て研究ができる施設などを作っています。

「あの学生だったKarlがな〜〜」と、感慨深いものがあります。また彼は家をいくつか所有していて、モントルーというところにお城みたいな家を一つ。ジュネーブでは一等地のレマン湖の噴水の目の前のアパートの1フロア(小さい住処と言ってましたが、私の自宅の3倍はありました=1フロアで)を所有し、地下には駐車場にポルシェやらベンツやら、、何台も彼のすごい車が置いてありました。要は仕事も充実、経済的余裕はもちろんとのことです。ところで、5時くらいに終業したのち何をするかというと、研修医以外の医師はほとんどがボート(4〜6名乗りくらいのモーターボートです)を所有しており、夕方になると湖に繰り出します。そして湖沿いのレストランで食事というわけです。日本にもボートやクルザー、飛行機なども所有している脳神経外科医や医師もいらっしゃるのかもしれませんが、臨床や科学的にこれほどの実績を上げながら、経済も豊か、、というのはなかなか腑に落ちません。私もお相伴に預かって、毎日打ち合わせ(いろいろ細菌の学者や、カンファランスで勉強したのち)が終わった後は、ボートでワイン、その後食事という具合の1週間でした。



ちなみに週末には首都のベルンに行き街並みを堪能してきました。ベルンはスイスなのでもちろん空襲されていないので、古い街並みが旧市街に残っており、ところどころに噴水と水道があって、とても美しい街でした。アインシュタインが住んでいて世の中を変える論文をいくつ執筆した街でもあります。ドイツ圏に近くビールも美味しいです。



私はあまりボートの乗り降りは慣れていませんので、港について飛び移れなどと言われても、、海の男じゃあるまいし、と思っていたら、ブレーザーをきてリュックを背負ったまま、レマン湖にジャブンと落ちるなんていうこともありました。身体中びしょびしょになって靴はグチュグチュお恥ずかしく大変なエピソードだったのですが、、何に感動したかって、Tumiのリュックには水が一滴も入ってなかったことで、コンピューターが救われました。やはり品質って大事だと思いました。チャックポケットに入っていた馬券は濡れてしまいましたが、、(乾かして一応ごくわずか当たっていた馬券は換金できました!)

 

第2話(フィンランドのこと):

そんなこんな人生の違いを見せつけられて、モヤモヤしているうちに次の週はフィンランドのタンペレ大学に2週間ほどお邪魔しました。

フィンランドはなんと言っても広い!と思ったら地図の錯覚(地図では北の方の国は大きく見えます)で、今度は日本から九州を引いた大きさだそうです。人口はさらに少なく550万人ほど(埼玉県より少ないです。北海道と同じくらい)だそうです。長い国境をロシアと接していて、大変だろうなと思いますが、今は感情が複雑だそうです。フィンランドはもともと大国のスエーデンとロシアに挟まれていて、スエーデンを破ったロシアのアレキサンドル2世国王の時にフィンランドはスエーデンの過酷な支配から逃れて、自治を進めてくれたので、国ができたという経緯があって、そのロシアのアレキサンドル2世国王はフィンランド人にとっては大恩のある英雄であり、ヘルシンキのシンボルである大聖堂の前に大きな銅像が立っていますし、大聖堂の斜向かいには大きなロシア教会もあるのです。また今回の戦争前はロシアが一番の輸出国だったそうで、非常に今は経済的に苦しいと言ってました。以前はNOKIAという携帯で一世を風靡した企業が儲けてくれていたようですが、今はiPhoneや韓国のGALAXYに押されて厳しいそうです。あとは林業と漁業と観光ということになります。もちろん福祉は充実しており、私がリタイア後の年金の少なさを嘆いていたら、超驚かれました。でもその分若いうちにはしっかり税金を取られます。GDP40%が税収になっているそうです。タクシーの運転手に聞いたら、スピード違反の罰金も収入に応じて違うらしく、億万長者が先日20kmオーバーで200万円以上罰金取られたという話をしていました。でもいずれにしても誰でも過不足なく暮らせるので、非常に犯罪の少ない国で、とても街中も安全です。どこへ行っても緩やかな空気が流れている気がします。


さてなぜフィンランドと共同研究かというと、この国には昔から脳動脈瘤の壁の研究をしているJuhana Frösen教授という若手の教授がいること。それとフィンランドは以前日本よりくも膜下出血の頻度が多かったのですが、現在急激に減少して欧米と同じレベル(10万人対5人くらい)になっており、その経緯が何によるものかも興味があったからです。Frösen教授はまだ40代で、私が注目していた動脈瘤壁の有名な2004年に発表された論文は、実は学生時代に書いたというから驚きです。さて件のくも膜下出血の頻度の減少ですが、実はもともとの統計の対象が、戦後の非常に荒れた生活をしている人たちを中心とした研究であって、その人たちはタバコやお酒の量が多く自堕落な生活をしていた人が多かった。だから戦後の一部の集団の統計なのだと説明を受けました。今の普通の健康的な生活をしている人たちのくも膜下出血発症率はお普通の欧米人と変わらないとのことでした。その中で、何が最も発症リスクを変えたのかに興味があります。日本人が皆荒れた生活をしているからくも膜下出血が多いとは、とても思えませんので。

またFinlandがすごいのは、病院外で亡くなった全死亡例も全て剖検を受けることになっていて、その死体が全てタンペレ大学に運ばれてくるとのことです。タンペレ大学は剖検を一手に引き受けているそうです。そこで解剖や手術の研修も受けられるようになっています。今回いくつかの手術方法を教授してきました。

5つの大きな大学病院が国内大都市にあって、そこだけが脳神経外科をしているので、脳外科は1大学100万人対象となるので、どこも大忙しだそうです。ただ現在看護師の給与が安くて成り手がいなくなって、医療危機に面しているとのことでした。

フィンランドには動脈瘤と感染のプロがたくさんいますので、彼らとの意見交換は素晴らしい時間でした。




タンペレはヘルシンキから車で2時間位北に行ったところに位置していて、湖が上下にあり水面に差があるため、その落差を利用して水力発電がフィンランドで最初に入り、多くの電気を用いる企業が発展してできた街とのことです。



Finlaysonという有名なテキスタイルの企業もあります。私ども夫婦は非常に北欧風が好きで、自宅の家具も全て(実は私の寺岡の部屋の机もキャビネットも)北欧ビンテージなのです。ですので、北欧のデザインは非常に大好きなので、見るもの触るもの最高でした。アラビアという会社の陶器も素敵ですし、みなさんよくご存知のMarimekkoJohanna Gullichsenなどがフィンランドを代表するデザイン会社です。建築も素晴らしいデザインで、ヘルシンキには大学の図書館、Alvar Aaltoがデザインしたアカデミア書店というのがあります。ちなみにFinland人は最も図書館利用率が高いそうです。それで図書館は素晴らしいデザインで作られています。



そして前回も紹介したラップランドにも参りましたが、すごく広い土地にすごく合理化したキャビンが建てられています。

そして電化です。水力発電で電気が最初から多く使われてきたので、電気自動車もものすごくたくさん走ってますし、家がオール電化というのも珍しくありません。当然現金を使う店も少なくお札出して買っているのはわたしどもだけで、トラムとか電車もwifiマークのついたクレジットカードかスマホ決済です。人口が少なく、国土も広いのでどうやってスマートな生活を維持できるのかと思ったら、要はIT化と電化で徹底的に合理化しているのです。それで例のキャビンもその他のホテルもほぼレセプションはなくて、自分での決済です。キャビンなどは暗証番号のついたボックスに一枚のカードキーが入っていて、それ一枚で家全体が管理できていました。ちなみにフィンランドには日本でも今超人気のサウナの発祥の地で、200万ほどサウナあるそうですが、こちらのキャビンはサウナさえ電気で2時間石を電気で熱すると入れるようになってました。素晴らしいです。



でもやはり古い、薪でもやすサウナが大好きな人も多く、それは旧式のストーブに薪を入れて燃やして4時間くらい石を熱してサウナを温めます。サウナは人生だそうです。薪の燃えるタイミングで匂いや、気温や、湿度が異なり、入る順番も誰が最初の入るか、熱く猛々しい最初は若い人、時間経って緩くなり、まろやかな空気になったら女性やお年寄り、、といった感じらしいです。

サウナ博物館という日本人にも人気のスポットがありJuhana先生が連れて行ってくれたのですが、smoke saunaという部屋の中でまきを燃やしてそのまま入るサウナがあるらしいです。その実演をしていたのですが、サウナ部屋ごと火事になってみんな周辺にいる人たちで消火作業をしていたのには驚きました。湖からバケツリレーで水を運んでかけてました。基本サウナ小屋は7年くらいで燃えてしまうもの、、という言い伝えがあり、母屋とは別に建てている家が多いのはそのためだとも。サウナはすっぽんぽんで入るのが慣わし(男女は別に)で、それでサウナ外交がよく国際交渉では使われるようです。サウナであったまって、湖に入る。これを数回繰り返す。白樺の葉っぱて背中を叩く。健康に良いそうです。木の香りが充満します。本当に「整いました」という気分になります。


もちろんフィンランドは森が国土の70% 湖や川が10%を占め、氷河の覆われていたところで、高い山はありません。標高1400mくらいが最高に高いらしいです。赤道から遠いので大陸プレートがぶつかることもなくスイスや日本のように高い山はできません。ものすごく綺麗な国土です。

そこでどうやってこの国を維持しているのか?移民は言葉がフィンランド語が中心なのでEUの国ともあまり人口移動はなくこちらはスイスとは正反対です。看護師さんは少し入ってきているようです。やはりkey wordは合理化なのでしょう。日本も今後100年後には人口が半分になるとお恐れられています。そして移民を増やそうとか、、色々な案があるようですが、日本の技術を持ってすればフィンランドよりもすごい合理化ができるようになるのではないかなと思います。そんなに人口を増やさなくても、江戸時代頃の人口(3000万人くらい)がちょうど良いのかもしれません。オール電化も重要です。ただインフラとして、中・四国の道は狭すぎるので、道幅をなんとかしないと、またはすごく小さい電気自動車をつくらないと行き来ができませんね。新市町向けの小さい電気救急車を考案しようかなどと考えています。

さて先ほどからの人生モヤモヤのお話ですが、Frösen先生、私どもの訪問の後、4週間夏季休暇の予定だそうです。4週間の休みをどうやって過ごすのかきいいたら、(日本で4週間休みがあってもすることないし、旅行行くにもお金がない)、自分も親戚も色々なところにサウナ付きのコテージを持っているので、1週間くらいずつ転々として遊んで、ゆっくりするとのこと。湖や川で釣りしたり(大きなパイクという魚が釣れて美味しいそうです)Mooseやトナカイのハンティングなんかもするそうです。Moose10人がかりでハンティングをするのですが、獲れると1年間で食べきれないほどのお肉が取れるそうです。流石に今回Mooseのお肉は食べれませんでしたが(餌付けはしました)、トナカイはステーキをいただきました。牛肉と鹿肉の間みたいな美味しいお肉でした。ちなみにLaplandの地区ではトナカイを多くの地域で食肉用に放し飼いにしていました。例のcabinでも朝庭先をトナカイが草食べてました。

そのようなレジャーですのでお金はかからないし、リラックスできるとのこと。1年間6週間の休暇は必須で取らないと罰則があるらしく、みんな予定を合わせて休みを取るそうです。そういえばForsen教授は今年の1月に2週間ほど日本で我々の大学などを訪ねてくれました。冬はスキー(メインはクロスカントリー、オリンピック金メダリストが多くフィンランドから出ています)、息子さんはオリピックチーム入りを目指しているそうです。豊かな国で、特に職業にはこだわる必要はないとのこと。

ヨーロッパでは6週間の休みは当たり前。とのこと。さてモヤモヤの件ですが、考えてみれば、要は「メリハリ」でしょうか。

人生メリハリが大事。働くときは一生懸命身を粉にして働いて、リラックスするときはとことん楽しむ。

どうも私など、中途半端だったな〜〜と思うこの頃です。と1ヶ月近くもスイスとフィンランド行っていた者に言われたくないですね。。

 

料理のこと:

さて今月の料理は「カウボーイ料理」です。寺岡の脳神経外科の平野雄大君が脳血管内治療専門医試験に合格しましたので、寺岡会長、竹信部長と脳外科一同でシャンカワカーンという新市最北の神谷川の支流父尾川のダム湖のところにあるレストランで非常に大きなアメリカンスタイルのステーキを食べてきました。まず行くために金丸から先はほぼ(すれ違いの困難な)単線道路それも非常に狭い。時に茂みが車を擦ります。向こうから車が来ると行ったり来たりしてすれ違います。上の住民でしょうか?若い女性が運転する車(軽ではなく通常サイズ)とすれ違いました。こちらはバン型九人のりタクシーですのでさぞ困った表情かと思ったら、涼しい顔で、落ちるのではないかと思うほど路肩スレスレを通過して過ぎてゆきました。。すごい精神力の持ち主です、こちらのドライバーもすごいですが。この道を30分ほどビクビクしながら行くと店の看板があり、そこからがさらに狭く急な坂道です。

寺岡会長は昔この地区の小学校と先生が属していた新市の下の小学校で一緒に運動会をしていて、この地区の子は非常に足が速くて勝負にならなったなあ〜〜〜なんて思い出話をされていました。金栗四三みたいに日々の山道でのトレーニングが効いたのでしょうかね。さて料理は豪快。一番のおすすめは450gT-ボーンステーキとか400gのショルダーステーキ(肩甲骨の上の肉のようです)です。肉は米国からの輸入ではなく中山牧場から取り寄せているとのことでお墨付き。すごく美味しいステーキで、親父さんの凄まじい生き様を聞きながら食事してきました。今度瀬戸内海の佐木に移るようなことを言われてました。そっちも楽しみです。でもZOZO TOWNの昔の社長さんがその島に米国企業を入れて新しい宿泊施設を作っているとのこと。島の雰囲気が変わってしまうかもしれませんね。

 

中国地方の人や文化や自然は奥深いですね。


ちなみに7月の高齢者健康医学センターの活動としては、日本医師会長の松本先生と面談して、我々の活動の趣旨をご説明し、今後のご指導を仰ぎました。また小野府中市長ともお会いして、地域の健康度を向上するためにどうするか?どうやって地域住民の運動習慣をつけるかというお話しをさせていただきました。




2023年7月5日水曜日

新市史跡巡り(神社仏閣・北編)

センター長・脳神経外科顧問 森田明夫


素戔嗚ブログという題で他の神社仏閣のお話しをするのもなんですが、素盞嗚神社は別格ですのでお許しいただけると思いブログにさせていただきます。今回ジョイトピアおおさの鎌倉園長の発案で新市地区の神社仏閣を寺岡会長を含め皆で回ろうというお話しになりました。神社ボーイ(?)というわけではないし、自前の朱印帳は東京においてきているので、、、とは思いつつ歴史好きなので、平日の昼に仕事もせずに、、、と思われるかもしれませんが、地域方々の暮らしぶりや、この山深い土地でどのような在宅看護・支援をしているのかも知る必要がありますので、同行させていただきました。
まず新市は神谷川の周りに開けた集落なわけですが、その川の名前にも意味があるのかというお話しでした。なにしろ神社、社、お寺、仏塔、古墳などがGoogle mapを開けてもたくさん出てきます。それと道がかなり狭い。当然一車線だし、すれ違えないし、ポツンと一軒家で出てくるような道なんかよりもず〜〜〜〜〜〜〜〜っと狭い道を九人乗りタクシーで通ります。運転手の森田さん(同姓でした)すごい!


 
さて今回は北回りで、後日南側の大きな寺院を回られるとのことですが、そちらは予定があり参加できないので、北編を紹介します。
まず訪れたのが多聞寺。新市の北西の山裾にあるお寺です。1394年創建とのこと。手水石という水船がおいてあります。境内からは新市の里山風景が一望です。とても暑い日でしたが、清々しいところです。何しろ、新市の里山の風景は素晴らしいですね。


その次に訪れたのは金丸天神社(八幡神社)です。金丸は水がとてもよいこともあり、とてもお米が美味しいところと知られているらしいです。この地域は棚田が多く、さぞ作るのは大変と思います。さて私は今年ここの新米を食べることができるでしょうか?この神社は小山の上にあり、車で上がれないので、社殿は見ることができませんでした。次の機会があればぜひ登って拝みたいと思います。「こちらのお米が食べられますように。」と。


次は厚山宝篋印塔です。金丸地区にはたくさんの仏塔や石塔があるのですが、この宝篋印塔には製作年度が康暦二年(1380)」の室町北朝の紀年銘が記載されているとのことです。地元の人たちに守られている様子が窺われます。
それに続いて厳島神社を訪れました。厳島神社といっても宮島のそれではなく、この地域にはたくさんの厳島神社があります。その中でも金丸の北奥にある神社をお参りしました。18世紀中頃の創建とのことです。こちらからは現在建築中の金丸小学校(以前の常金中学校跡)が見えます。その麓には鎌倉時代のものとされる古式五輪塔が祀ってあります。中学校の敷地から掘り出されたもので、この地区で最も古いものだそうです。


神谷川のほとりを走っていると、なんとすっぽんが石の上で甲羅干しをしています。すっぽんって甲羅ほしたら乾いてしまうのではないかと心配します。スッポン食べたいなあ。。。

 
そんななまぐさな話をしていながら失礼ですが、ついで宿王院という大変綺麗な真言宗高野派の寺院を訪れました。創建は1600年頃とされ、本尊はほぼ秘仏の不動明王とのこと。平安時代作ともされており、空海上人の師匠が持っていらしたものではないかと伝えられている!とのことで、開帳は10年くらいに一度くらい住職が3ヶ月断食した時にだけするとのことでした。傍の山には庵があり、そこのもみじの木はこの季節に葉が真っ赤でした。紫陽花も綺麗に咲いており、前回のブログで福山は紫陽花が弱い、、というお話は撤回します。紫陽花と紅葉が一緒に見れるという素晴らしい景観でした。住職の方にもいろいろお話を伺えました。このお住職(中村様)は高野山本山でも高い位である大阿闍梨の称号を持たれており、近隣の方々の相談役もされていいらっしゃるとのことでした。64歳とお若く、お父様は98歳でお元気なので、ご本人もあと30年は頑張られるとのことでした。


 
そのあと途中で江戸時代のものとされる牛馬の像が刻まれた道標を見ながら、大滝の名水で有名な大滝神社(龍神社)に伺いました。大滝の名水は以前は伏流水がラドン温泉冷水なので沸かして温泉施設にしていたとのこと。今はこの山奥まで沸かし温泉を浴びにくる人も少なくなったので、ボーリングで70メートル下から引いた水を県から許可を得て名水として提供しているとのこと。すごく美味しい水でした。デトックス効果抜群な水のようです。岡山の水島から水をいただきにいらしている女性がいらして、話によると料理や何にでも使っているそうで、2Lのペットボトルを20本くらい詰めていました。月に一度こちらにいらしているそうです。すごく健康に良いようです。新市から来るのも大変なのに、岡山から来るとは、情熱を感じます。大滝神社ですが、山から水が滝のように流れ沸いているところに社があり、その近くはマイナスイオンがものすごいことになっておりました。この地に至る道もものすごく狭く、昔の道は崩れてしまっているらしく、よくここ曲がれるな、、というところを登って行きます。棚田もたくさんあるのですが、維持が大変らしく半分くらいかそれ以上が雑草になってしまっていました。若い働き手がないからなのでしょうが、何しろ道が狭く棚田や名水で観光を誘致しても、車が来れない状況なので、どうにかならないかなと思いました。



大滝神社ビデオ1(Youtube)
大滝神社ビデオ2(Youtube)(マイナスイオンの音だけでもお楽しみください)
 

今回の最後はいっきゅうさんこと備後吉備津一の宮神社にお参りました。令和の大改修を終えて朱塗りの眩しい大社殿です。「すごい」の一言です。十二神神社、稲荷、また桜山神社も隣接しています。ちょうど茅の輪潜りができる時期でしたので、させていただき、朱印帳は持参していなかったのでスケッチしている手帳に御朱印をいただきました。洋紙なので、墨がなかなか乾かず失礼しました。お池にかかる石橋も素晴らしく、ここにも厳島神社があるそうです。


 
今回貴重な新市の神社仏閣巡りをさせて頂きとても感激しましたが、何よりもすごいと思ったのが、この道で皆さんが日々の生活をしているということ。そしてそのような方の生活介護・看護支援をジョイトピアの皆さんはバイクとかで通いながらされているとのことです。駐車場を備えた家も少なく、あっても狭く、車で行くと交通の邪魔をしてしまうとのこと。それでバイクが最も便利が良いとのことでした。往診の先生もそうされているのでしょうか?怪我をしないように続けてほしいと思いました。私など運転はする方ですが、さすがにこの地区での運転はインドの旧市街を運転するのと同じくらい怖そうです。また別の地域の寺院また古墳なども巡る機会があればしてみたいですが、何しろ自分ではいけそうもないです。。

さて料理雑談ですが、今回は北欧版です。
脳動脈瘤研究の一環で北欧のFinlandに2週間ほど行ってまいりました。その話はまた後日ということで。今回は料理のことのみ。
週末に少し遠出して北極圏のSaaricelkaという街でコテージを借りて過ごしまいた。こちらは冬はオーロラがよく出るので、混むのですが、夏は、誰もこないとのことでレストランも休みが多く、仕方ないのでコテージで自炊です。スーパーで買い出ししてきて食べたのですが、お肉とかも開ければ味付けもしてあって、ただ焼けば良い感じです。ヘリング(ニシン)の酢漬けも瓶詰めで売っているので購入して新じゃがいもと合わせてFinland風に頂きました。朝食はコッペパンをフライパンで焼いてハムとチーズ、またはスモークサーモンを載っけただけでしたが、すごくおいしかったです。すごいのは、そのコテージはオール電化で合理的。Dishwasherまで備えた超モダンなキッチンを備え、また何といっても朝夕自前のサウナ(こちらも電気で石を熱くして2時間で入れるようになる仕組み)に入れるので、すっかり「整って!」しまいました。サウナの大ファンに変貌しました。向こうでは男同士はサウナはすっぽんぽん交流です!氷のような冷たい水をあびるのも素晴らしいです。


 

2023年6月5日月曜日

病院訪問と地元食材

センター長・脳神経外科顧問 森田明夫

早くも梅雨に入りました。紫陽花の美しい季節です。東京はそこかしこに紫陽花が植えられていますが、あまり福山近辺では見かけないですね。バラの圧力が強いのでしょうか?

さて4月に赴任させていただいて、私どもの活動に関してのご協力・ご賛同をいただくために近隣の病院を訪問させていただきました。それぞれの施設の先生方や地域連携に関わっていらっしゃる方々のご意見をお聞きし、またその病院での取り組みなども伺ってきましたので、少し紹介させていただきます。また最後には恒例ですが、最近の料理などの紹介も。

まず4月に我々の医療機関とも密接な連携関係にある府中市民病院を訪ねさせていただきました。府中市民病院院長の多田先生、池庄司プロジェクトマネージャー(医療マネジメント経験豊富な看護長です)、八幡事務長と面談をしてまいりました。
府中市民病院は、府中北市民病院と併せて府中市病院機構を構成しています。府中地区も人口減少と高齢化は例外ではなく、また医師や医療職の確保が極めて難しい状況となっているため、力を集約してより良い医療を実現しようと努力されております。サルコペニア予防のために天満屋のスペースを借りて集会などもされているとのことです。今後我々の活動や運動施設の設置などにも協力して活動させていただくこととしております。
府中市医療機構のサイトはこちら

 
 

次に訪れたのは、福山循環器病院です。向井病院長、渋谷事務長とお話させて頂きました。寺岡記念病院と福山循環器病院は心臓疾患のコンサルト、一方で脳疾患や全身疾患の治療で連携を密に組ませていただいています。向井先生は院長就任当時、当院の寺岡会長にお話に来られ超緊張されたと冗談まじりでお話されました。寺岡暉会長は決して怖い先生ではありません!向井先生は私がOlympus社と開発に携わったORBEYという4Kビデオカメラ外視鏡を心臓の手術に導入されていらっしゃるとのことで、楽しく手術談義をさせて頂きました。
福山循環器病院のサイトはこちら


同日、駅家の小畠病院を訪問し、小畠廉平病院長、敬太郎理事長、佐藤医療連携部長とお話しさせて頂きました。小畠理事長とは私が40年近く前最初に寺岡記念病院にペーペーの医師で赴任した時にお会いしており、とても鋭いコメントをされるので実はビクビクしていたのですが、理事長はお年を取られてもとてもお元気で、私どもの計画にも実質的な鋭いコメントいただき、かつ年数を経てとても円熟というものが加わった印象を持ちました。院長の廉平先生は、10年前にこちらにもどってこられ、地域の医療と本当に真摯に向いあっておられます。佐藤医療連携部長は若く率直な意見を述べる方で今後の小畠病院との更なる連携が楽しみとなりました。理事長が神経内科を専門に、また院長が循環器内科を専門にされています。
小畠病院の情報はこちら


次に訪れたのは脳神経センター大田記念病院です。理事長の大田泰正先生、大田章子先生とお話させて頂きました。大田記念病院は先代の大田浩右先生の代から脳神経外科では、岡山と広島の間の福山の地で先端的な脳神経医療を担われてきました。現在は脳神経外科一般手術から脊髄、血管内治療、また神経内科、認知症診療、リハビリに及ぶ広い範囲の診療を手がけておられます。ガンマナイフなど最新の医療機器も備えています。病院に参りますととても活気に満ちており、信頼のおける医療機関を確立されているのがよくわかります。病院全体で福山市や行政とともに地域の健康増進に働きかけており、章子先生は東大の看護学部を卒業されており、食にも力を注いでおり、寺岡醤油と連携して減塩出汁パックを監修されています。出汁パックは茅乃舎などが有名ですが、やや塩分が濃いのがな、、と思っていましたが、素晴らしい発想です。皆様ご存知のように塩分摂取を減らして美味しい食事を作るのは出汁を効かすのが一番です。様々意見交換をさせて頂き、今後協力して福山、府中地区の健康増進に力を合わせて行こうと思います。
大田記念病院のサイトはこちら


今回5月最終週に伺わせていただいたのが、まず福山の沼隈病院です。本当に里山の真ん中に建つホテルのような病院です。平成29年に建て直しされているそうですが、1Fのエントランス、外来からは広い窓から沼隈の里山が一望されます。感動でした。川眞田院長、檜谷会長、白川事務部長とお話しさせて頂きました。学術的に作りすぎた質問にはもっととっつきやすい質問にしないと、、とか、運動施設の提案には、どうやって根付かせるか?誰に監督してもらうのか、資金や予算など、実質的な運営段階での問題点などを指摘して頂き、具体的な姿が見えてきたように思いました。檜谷会長は当院の寺岡会長とは猪会(ひとまわり違い)でご一緒の関係でこの地域の医療を長年実質的に支えてこられた先生で、現在は広島県病院協会の会長をされていらっしゃるとのこと。常石の造船所とも連携して、日本医療の悲願でもある病院船を作って、危急時と平時の使い分け、普段はGANTSUなどのように人間ドック兼Overhul静養船として2週間の瀬戸内ツアーなどにつかうなどの夢のような案を話し合わせて頂きました。
沼隈病院の情報はこちら


もう一つの病院は日本鋼管福山病院を訪れ、浜田病院長、久保田事務部長とお話しをさせて頂きました。鋼管病院はとても整形外科の強い病院で、コロナ前には我々と同様な高齢化に対抗する運動プログラムを検討していたとのことでした。退職したリハビリ技師さんや学生さんに協力してもらおうと思っていたそうです。
リハビリの技師さんたちは人体の構造を熟知していますし、より安全な運動支援員になれることは間違いないです。
日本鋼管福山病院の情報はこちら


今回最後の訪問病院は地域の最大の病院であり、文字通り中核病院である国立福山医療センターでした。病院長の稲垣先生、平事務部長とお話しさせて頂きました。稲垣先生は外科診療も兼任されており、手術の合間を縫って面談させて頂きました。福山医療センターはすべての診療科を備えており、特に周産期医療ではこの地区の中心であり、病院内にも多くの若い女性や子供さんがいました。私がおりました東京の大学病院でも最近では子供はとても少なく、寺岡の近辺で子供を見かけることがほとんどないのは大変寂しい事態です。それでも稲垣先生によると出産数は減少しているとのこと、またコロナの問題との取り組みや現状なども意見交換させて頂きました。我々のプロジェクトに関しては、特に運動施設に関して、サステナブルな施設の運営をするためにどうすべきかなど、さすが大病院院長の視点からご意見をいただけました。ただこちらにも色々な課題は多く特に看護師さんにきてもらうのに苦労されていらっしゃるとのことでした。
本病院の病院誌FMC Newsは診療・病気情報から趣味のコラムまでとても充実していて感激しました。

国立病院機構福山医療センターのサイトはこちら またFMC Newsのバックナンバーはこちら(まとめサイトは無いようです)です。

 

今回突然の病院訪問をさせていただいた機関の先生方、お忙しい時間を割いて、私どもの取り組みに真摯なご意見をいただき大変感謝いたしました。さらに形のある素戔嗚プロジェクトになるよう、さらに多くに施設訪問をさせていただきお知恵をいただこうと思っております。

今回最後は、鶏肉のお話しです。ブログ1にも記載しましたように私の趣味は料理(B級)でもあるので、近隣のスーパーも良いのですが、ややお肉の質にがっかりしていただのですが、ビジネス情報誌の北原記者さんから朝じめの鶏肉をうってくれる中林商店(府中)を紹介してもらいました。まずは鳥もも肉を買って一人でローズマリーソテーを作って食べてみましたが、超美味しい!柔らかくかつジューシーで、味も良い。素晴らしい鶏肉でした。


それに味を占めて、この広島-東京の移動で妻の誕生日を祝えなかったので、鳥を丸ごと購入して保冷バッグに詰め込んで飛行機で東京へかえり当日ローストを作りました。すごく大きな鳥だったので、とても二人では食べきれませんでしたが、この世のものとも思えぬ美味しさでした!!また新たな地元食材を使って料理を作るのを楽しみにしています。


2023年5月9日火曜日

インドの混沌と刺激

センター長・脳神経外科顧問 森田明夫

インドに4日ほど行ってきたので、ちょっと今回は紀行文的内容で。インドに行くのは今回で5回目くらいなのですが、なかなか得られない経験をしたので紹介します。ご存知のようにインドは中国を抜いて人口世界一の国となっています。

皆様インドに入るのにはビザが必要なことを知っていますか?今ほとんどの国は日本のパスポートならNo visaで入国することが可能なのですが、インドはそうではありません。またこの取得がかなり大変で、先方での滞在先や引受人はもちろん、もうとっくに亡くなった父の名前や出身地、もちろん母親も。またもしもの時の日本での連絡先など。移民でもするのか?といった具合のビザが必要となります。オンラインで申し込めるのが救いですが、なかなか韓国とか台湾、その他Euro圏の国に比べるとハードルが高いです。またセキュリティーも日本のゆるゆるなのとは違って、ベルト、靴全て脱ぐ感じです。なかなか入国も緊張感があります。

さて入国しますと、今回はニューデリー空港から、アグラという約200kmくらい離れたタージマハールというムガル帝国時代の陵墓があるところで学会があり、そこまで車で参ります。なんとか学会で運転手を用意してくれて迎えに来てくれるのですが、これが、ほぼ5〜6時間の長旅です。特にニューデリーは混雑がひどくて、道路は3車線でも車は4〜5列で走っていて、常時クラクションを鳴らしながら運転するという具合です。本当にうるさいです。TUKUTUKUという3輪タクシーも多く走っていて、わらったのは後ろのホロにBLOW HORN!(警笛鳴らして)と書いてあるのが走ってました。どうしても3輪は4輪に比べてスピードが遅いので、鳴らしてもらわないと危険なのかと思います。

私も国際免許を持っていて、よく海外では運転する方なのですが、とてもとても、インドでは無理!と思います。


こんな国ですから、通常の精神ではとても運転などできず、常時周囲に注意を払ってぶつかられないようにしながら、自分の進む道も主張しないといけないわけで、当然とても意見の強い人たちが生まれます。学会でもインドの人たちはとてもよく喋り、よく主張します。喧嘩というより話合い筋道をつけてゆく。という感じで、ほぼ車の通行と同じ感じです。

日本だと、例えば車でプーーっと鳴らされただけで頭に来て、喧嘩になったり暴力振るったりということもありそうですが、インドでは全くそんなそぶりはありません。学会での討論でもそうで、日本だと学会で意見を言うと何かわだかまりのような雰囲気がうまれてしまうことも多いのですが、インドや海外ではまずそういった心配はなく、意見をいったもの勝ちで、後はすんなり親しくなってます。そういう社会なのです。

さてでは脳神経外科のレベルはどうなのかと言うと、10年くらい前まではインドから多くの脳神経外科医が日本の大学・施設に見学に来ていましたが、日本は脳腫瘍なども早期に診断されますので、小さ目の腫瘍が多いのですが、インドでは非常に大きな怪物のような腫瘍の症例がたくさんいるので、非常に密なトレーニングが積まれており、かなり技術レベルも上がっているように思います。これは南米も同じです。南米やインドの脳神経外科のレベルは以前はこちらが教えてやっていたんだなどとバカにできないほど進歩しています。日本の技にこだわった手法もうまくとり入れて、それをインドの無尽蔵な症例に適用して成長しているように思います。

半導体とか、色々な科学技術の分野でも同じようなことが言えるように思います。


今回アグラは
2回目ですので、タージマハルを見てもそれほど感動はありませんでしたが、とても綺麗な整然とした陵墓です。最初は相当感動しました。インドは対称デザインが好きですので、やや日本人とは異なる美意識ではありますが、大理石や埋め込まれた装飾など素晴らしいものがあります。


さて今回学会の都合で帰りの飛行機に乗るのに一泊余計にしないといけないのでデリーに宿泊してみました。これまでインドでは学会がとってくれる大きなホテルに宿泊していたのですが、これらのホテルは市中の雑踏からは隔絶されて、城郭のような塀の中に守られているようなところでした。今回はデリーの旧市街を経験したいと思って、旧市街の真ん中の4つ星ホテルを予約してみたのです。予約がキャンセル不能な料金だったので非常に不便そうなところにあるのを知っても変更できなかったのですが、ホテルには車はつけられないほど細い路地に面したホテルだったのです。すごい雑踏とクラクションの中で車を降りて、そこまでホテルのボーイさんが迎えに来てくれました。ホテルまでの道は筆舌に尽くしがたく、スラムのような迷路の中を歩いて行きます。ただホテルの中は素晴らしく。レストランもとても素晴らしかったです。おそるおそる外へ出て散歩して、チャドニチョークと言う旧市街の中心路まで行ってみたのですが、海外の観光客はスリに狙われることが多いので、1000ルピー(1800円くらい)をポケットに入れて財布は持って行かないほうが良いとうサジェスチョンに従って、iPhoneの地図に頼って散歩を決行しました。前回のブログに書きましたように私は歩くのは好きなのですが、なかなか今回の散歩は勇気が必要でした。「デリー旧市街の散歩」は筆舌に尽くし難いスリル満点、「うわ〜〜〜」と言うような経験でした。まず建物はどこも崩れそうです。ユネスコ世界遺産に指定されているので、建物の外装は変更してはいけないと言う法律があり、これも2〜300年たった建物なので、崩れかけていたり、直そうにもお金が掛理すぎてそう簡単にはできないそうです。道は狭く、ゴミは散乱、どこからきたともわからない水っぽいところもあって、踏まないように歩くには苦労します。そこにパイクや時に自転車でのタクシー(リキシャー)が通り、これもクラクション鳴りっぱなしです。自身がテレビゲームの中に入ってしまったような錯覚に陥ります。

日本も昔は大阪とか東京の下町も同じような雰囲気だったのかもしれません。インドにはものすごく多くの人がいて、何か地面から気が湧き出すような力を感じます。カオスの力なのかなと感じます。そんな中で、多くの子どもも生まれ、車の運転や学会での議論に通じるような無茶苦茶にかき混ぜながら、教育を受けて、育つのでしょう。インドはとても伝統があり古い国ですが、新しい力に満ちている。と感じました。インドにいると本当に1日1日疲れ果てるほど刺激を受けます。うまく表現できないのですが、日本のゆったりとした空気感がなく、いつも何か新しいことをして考えていないといけないと言う圧迫を受けている感じです。


一方で日本は、明治維新や第二次世界大戦後など、内から、また外からの刺激によって時代のターニングポイントがあって、変化・革新してきたように思います。今は何かこの戦後80年になろうとする安定と栄光・繁栄の記憶の中に沈んでいっているように思います。

今のインドに戻る必要はないと思いますが、なにか日本の社会、日本人にカンフル剤となるような、地面から湧き出るようなエネルギーがないかな?と思ってしまいます。

いずれにしてもうかうか歳に負ける訳には行きません。まずはよく運動して個人レベルだけでもエネルギーを発せるようになりましょう。

ついでに料理のことですが、私はもともと辛いもの、インド料理は大好きなものなのですが、インドでは生物は食べてはいけません。必ずお腹を壊します。(あのような地面に置いてある野菜を買って調理しますし、水も綺麗ではないので、菌も一緒に食することに多分なります) それでもインドの食事は、スパイスや素材の使い方がうまく、よくわからない深い味を出しており、本当に感動します。今回ついでに料理教室にも2時間ほど行ってみましたが、自分でインドカレーを作れるようになる日を夢見ています。




今回はあまり高齢者健康医学に関係する話題ではなかったですが、いつも刺激を受けて、疲れ果てるほど1日1日を過ごしていると認知症になりにくいのかなと思います。実際にはインドの認知症率は知らないのですが、もともと健康寿命は衛生の問題もあり短いので、問題にならないのかもしれません。

落ち着いた平穏も良いですが、週に2日くらい心と体に刺激的な予定を組んでみましょう。運動でも、会話(議論)でも、朗読でも。議論でも。